日本の伝統野菜 その3  だいこん       

だいこん(大根)アブラナ科 ダイコン属
学名:Raphanus sativus 
英名:(Japanese) radish
漢名:蘿蔔(ロオボ、lobo)、莢?
古名:おおね、ねじろ、すずしろ、かがみぐさ(加賀御草)

    ダイコンの原産地は、地中海沿岸から中近東(コーカサス、パレスチナ)という説が有力だが、中央アジア説や中国南部説、多元説などもある。世界的にも古い作物(古代エジプトでも栽培)の一つだが、早い時期に中国に渡り(紀元前4世紀の文献に登場)南支系と北支系に大きく分化し、その後(南支系から先に)日本に渡って世界で最も多様の品種に分化し発達を遂げた。サラリーマン時代、出張先のアメリカの田舎でも日本と同じような大根をスーパーで見かけたが、Deakon radish と表示されていた。ダイコンを亜種に分類すると、南支系と北支系の他に、ヨーロッパ大根(廿日大根、ラディッシュ)、その起源とも考えられる(中国)小大根、そして黒大根に大別される。
 日本では、最盛期に比べて個人消費量が半分以下になっているが、現在でもなお、あらゆる野菜の中で最も栽培面積が広く、日本野菜の代表格と言って間違いはない。春の七草でも「すずしろ」と呼ばれ登場するが、日本書紀には於朋泥(おほね=大根)とあり、古事記にも記載される。「だいこん」と音読みされるようになったのは室町時代以降である。
 在来品種では、中部(長野・岐阜以北)、東北、京都、山陰地方に地大根として存在する北支系(根は短く、澱粉質多く肉質硬く貯蔵性に富む)と、南支系(大型で、葉が多毛質、澱粉質少なく水分多く煮物、漬物向き)があるが、現在は後者が主流になっている。北支系では、近年中国大根として導入されている「青長」(先端以外緑で、中も緑)、「紅丸」(表面全体赤いが、中は白)、「紅心」(首だけ緑で大半は白い球形、中は赤、漢名:心里美)、など、色の着いた物も珍しくなく、紫のものもある。青長は、すでに戦前に衛青(えいちん)、膠青(こうちん)が導入されて、後者は唯一長野県でその後も定着して残った。紅丸も古くは日露戦争時に導入されたものが山口県で定着し、岩国赤という品種になった。紅心は、とても面白い品種だが、赤い色素は茹でると水に溶けてしまうので、中国では生でも甘味のあるこの大根を、果物のようにして食べる。大根おろしにしても美しい色が楽しめる。
 南支系のエベレスト、小大根のアルタリなどの品種も導入されているが、あまり一般的にはなっていない。二十日大根も明治以降の導入で、小型の球形で赤いものが一般的だが、最近は紅白ツートンカラーの円筒形のもの(うちでも毎年作っている)や、白く紡錘形のものなど、多様なものが普及してきている。品質的には、澱粉質は少なくサラダなど生食に向くが、漬物でもおいしい。植物的には、果実の鞘に毛があることで他のダイコンと区別される。
 これらの他、日本には浜大根とか野大根(野良大根、こほね)という野生化した大根(もともと自生していたという説も有力)があり、花色が白ではなく紫、果実も念珠状で自然に種子がばらまかれやすくなっており、また休眠も長いので、野生に適した性質を備えている。これらの性質は、全て優性遺伝子であり、栽培化とは劣勢遺伝子の利用と考えることができるのだが、何かの拍子に先祖帰りして野生化したものなのか、はっきりしたことはわからない。
 ダイコンは、古代エジプトのピラミッド建設、またローマ帝国での神殿建設、日本でも奈良の大仏建立の際に労働者に支給された記録がある。カロリーとなる澱粉質は乏しいのだが、澱粉消化酵素のジアスターゼを大量に含むので重宝されたのであろう。さらに、蛋白質分解酵素のプロテアーゼ、脂肪分解酵素のリパーゼも含んでいる。なお、ジアスターゼには解毒作用があるし、抗癌物質のリグニンも含んでいるので、刺身のツマや、焦げた焼き魚に大根おろしは理に適っている。ビタミンCも豊富だが、切干しにするとビタミンB群は約10倍、ミネラルではカルシウムが16倍、鉄分が30倍にもなる。大根の葉は、一般的な緑黄色野菜に比べてもカロチン(ビタミンA)やミネラルが豊富で、捨てるのは本当にもったいない。油で炒めるとカロチンの吸収もよくなるので、ぜひ利用したいが、一般には農薬がたっぷりかかっているし、スーパーではとんとお目にかかれない。葉のおいしさでは、北支系の地大根に軍配が上がり、乾燥させてホシバ、ホシナ、ナノハ等と称し利用され、カテメシ(米に混ぜて炊く)の材料としても重要であった。根は食べず、主に葉を利用する茎取大根(山形)とか小瀬奈大根(宮城)という在来種もある。面白いところでは、花茎を利用する苗代大根(神奈川県秦野)、三月葉大根(三重県津)などの品種もある。
 現在、大根の主流は南支系の秋冬大根で、花芽形成に対する低温要求性が低いため、春の早い時期にまくと「とう立ち」してスが入ってしまうので、夏に播種して秋冬に収穫される。最近では品種の改良も進み、北海道では夏にも品質のよいものが収穫できるようになり、現在はジャガイモ、ニンジン、タマネギなどと共に、ダイコンも北海道が全国一の栽培面積を誇る。北海道で栽培されるようになったのは江戸時代以降であり、カブ(アタネ)のようにアイヌによって古くから栽培されてはいなかった。北海道以外では、全国各地に在来品種があったが、現在は全国共通スーパーに並ぶのは青首一色で、いずれもF1品種である。これらはすべて、宮重という品種から改良されたものである。青首は地上部が長いので収穫時に抜きやすく、また甘味も強いので普及した。(大根の首はビタミンCや繊維質が多く生食に適するが、おろして時間がたつとビタミンCはどんどん壊れるので気をつけたい。最も甘いのは中ほどで、ふろふき大根はここに限る。しっぽの部分は辛味成分アリルイソチオシアネートが多いので、薬味に適する。この成分は整腸作用などもある。)
 青首でなく、沢庵向きなのが練馬大根。東京名物のべったら漬け(麹漬け)もこれである。つぼ漬け(山川漬け)もおいしいが、これは鹿児島名物で、十分寒干しした大根を海水で洗い、杵でたたいて焼酎のカメでねかして作る。練馬大根から改良されたのが、理想、都西などの品種、中間部がやや膨らんでいる三浦大根は、練馬大根に地大根を掛け合わせて大正時代に作出された。他に円筒形の大蔵大根、牛角形の方領大根、丸型の聖護院大根など、すべて南支系の大根である。聖護院は煮食に向くが、千枚漬け(甘酢漬け)としても有名。方領や宮重は、地上部の長い尾張大根から発達した。
 育種学上、世界に誇れるのが桜島大根と、守口大根。桜島大根は1804年の「成形図説」という文献では大型だが普通の長い大根の形をしている。それ以降の100年間で地大根と交配を重ねて丸く、さらに大型になり、直径40cm、重量は20kgから最大45kgと、世界最大の根菜となった。守口大根の方は直径2〜3cmに過ぎないが、長さは110cmから最長170cmと極めて長い。もちろん耕土の深い土壌でなくてはこうはならない。守口は大阪の地名だが、岐阜周辺の深い土壌に適して産地となった。こちらはかなり古くからある品種で1709年、貝原益軒の「大和本草」にも記載されている。しかし、長さは現在の半分くらいであり、250年かけて2倍になった。この品種は、愛知で守口漬け(かす漬け)として有名である。
 春大根は、秋に蒔いて翌春収穫される二年子という、地上部にほとんど出ない品種が古くからある。低温要求性が強く早春蒔きが可能な時無し大根も、この系統。他に三月掘、四月、春福、佐渡賀などの在来品種がある。夏大根には、辛味の強い美濃早生や、貝割れ大根にも利用される亀戸(かめいど=四十日)、志村などの品種が古くからある。
 北支系の地大根は、信州地大根が最も種類も多く、鼠大根、更級大根、戸隠大根、平柴大根、山口大根(佐久)、上野大根(諏訪)など地域毎に品種がある。石江大根(青森)、榊大根(秋田県能代)、五十嵐=干カブ大根(新潟)、小真木大根(山形)なども似た品種であり、肉質硬く置漬けに適する。これらよりやや長く尻つまり型なのが仙台地大根、赤塚大根(新潟)、岡部大根(福島)、堀込大根(山形)など。京都の鼠(伊吹山)大根や桃山大根も北支系の品種。一方、新潟の山木戸大根、津島屋大根、山形の梓山(ずさやま)大根、秋田の仁井田大根、川尻大根などは、北支系と南支系との雑種である。北支系で色に特徴のある品種では、赤い横縞模様の赤筋大根が、北関東から福島、新潟、山形にかけて存在する。この品種は生のまま貯蔵する他にも切干、茹で干、燻製、凍結(凍み大根)など様々な形で保存された。また葉も根と同等に利用された。地上部が赤紫色の赤頭大根(山形県最上)、赤鉢巻大根(山形県置賜)、雉頭大根(秋田、岩手)も、根と葉を両方利用した。葉の特徴ある品種としては庄内三月大根(人参葉大根〜静岡県浜名湖)、柳島大根(板葉大根〜岐阜)などがある。辛味の強い薬味用の品種として、小型球形の親田辛味(長野)や青首球形の京都辛味大根などもある。京都には、青味大根という細くて15cmほどの青首の品種もあるが、これは祝儀用に用いられている。もっと変わった郡(こおり)大根という30cmほどで何ヶ所もねじれ曲がり、切口が菊紋という天皇にもしばしば献上された品種も京都には存在雄したが、これはついに絶滅してしまった(写真)。
 野大根も名前がついて利用されているものがあり、辛味が強いが澱粉質にも富み恐慌作物とされた弘法大根(アザキ大根〜山形、福島)や、地域名のついた波多野大根(関東)、連台野大根(関西)、久保田大根(熊本)などがある。

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