豊かさとは?
 
  最近、ワーキング・プアなる言葉が使われるようになってきた。働けども働けども豊かになれない人達のことである。雇用が不安定で、賃金も安ければ社会保険もなかったりして、家を持つことはおろか、結婚したり子どもを育てたりすることもできない。アパートにさえ住めず、ネットカフェをねぐらにするネットカフェ難民という、ホームレスと変わらない若者たちもいる。このような人達が、特に25〜35才位の年代に多く、失われた世代(ロスト・ジェネレーション)とか、貧乏くじ世代(香山リカ)とも言われている。長い就職氷河期で、まともな就職(正社員採用)が難しかった上に、小泉内閣により、それまでは認められなかった派遣労働が認められるようになり、フリーターやニートといった、従来は社会の脱落者と見なされていたような身分の若者が、ごく一般的に大量に出現したのである。
 先日の、世間を震撼させた秋葉原の通り魔大量連続殺人犯は25歳で、マスコミはちゃんと報道しなかったがトヨタ下請け会社の派遣社員であり、派遣とは言いながら普通のパートと同じように長期に働いており(これは見直しされるようだが・・・)解雇される不安をきっかけにあの事件を起こしたとされる。また、その後にも似たような通り魔殺傷事件が何件か起きたが、犯人はいずれも同様の年齢層で、フリーターやニートと言える身分の人物であった。
  そのような身分であることと、殺人のような凶悪犯罪とを直接関連付けることは危険であり、そのような身分にあってもまじめに生きて犯罪など起こさない人が圧倒的だろう。しかし一方で、彼らがそのような身分になければ、多分あのような事件は起こさないで済んだだろうと言うことも、否定できないことである。かつての日本のような終身雇用制を全面的に肯定はできないし、現代の若者はそのような生き方をもちろん望みもしないだろうが、そうかと言って、明日の生活さえ不安になるような生き方を、好き好んで選ぶ者はいないだろう。
  世界には、飢餓に直面している絶対的貧困層が10億人以上いる。日本にも、失われた世代以上に不安定な、日雇い労働者やホームレス高齢者といった貧困層が存在し、山谷や釜ヶ崎、寿、笹島といった寄せ場では、毎年数百人単位での行路病死(野垂れ死)者がいる。
  「豊かさとは何か?」と問うたが、「豊か」とは「貧しい」の反対語であるから、貧困の存在は、豊かでないことの証明であることは、間違いがない。だから、豊かな社会を実現するためには、厳然と存在する「貧困」をなくすことは、何よりもまず必要なことである。しかし「貧しく」なければ「豊かに」生きられるかと言うと、それも真理とは言えない。安定した収入があれば、貧困とは言えないだろうが、それで単純に豊かになれるかというと、決してそんなことはないからだ。お金をかせぐために身をすりへらすほど残業して労働し、何千万円ものローンを組んで郊外に一戸建ての住宅を建て、都心の職場まで1時間も2時間もかけて通勤するようなサラリーマンが日本にはたくさんいるが、そんな生活が果たして豊かと言えるか? お金のためだけに働くのならば、自分の命(=自由な時間)を売っているようなものだし、仕事が生きがいというのであれば、決して悪いことではないと思うが、そのために犠牲にしているものがあるのであれば、やはり問題である。それが自分の健康だとしたら、これは命を削る行為だし、鬱病になったり、ひどい場合には過労死したりするのでは、何のために仕事をしているのかわからない。
  先月号で、百姓はお金は儲けられないけれど、豊かな生活を実現できると書いたが、一般的な農家は必ずしも豊かさを実感していないと思う。まだまだ農村地域は、都会に比べれば色々な面で充実しているとは言えないし、過疎化や高齢化が進み、ますます不便な面も出てきている。また、農家というのは自営業だからサラリーマンのような優遇措置はないし、完全に自己責任の世界である。市場価格や自然災害やらに翻弄されて、一生懸命働いても大赤字になることだって珍しくはない。いや、今の農業、普通にやっていたら黒字を出すほうが難しい。サラリーマンの人は、農家は優遇されていると思っているかもしれないが、そんなことは全くない。それは何十年も前の逆ザヤ(小売価格より農家の出荷価格の方が高く、その赤字は国が補填していた)時代の米農家の話と勘違いしているのである。今でも農家に対しての補助金というものはあるが、これは政府の方針に沿った農業に集団で取り組む場合にのみ適用されるものであって、その多くは基盤整備で土建屋が儲けたりするような形のもので、農家自体に直接お金が転がり込むようなことは、まずないのである。
  それでも農家は、サラリーマンのように余暇にお金をかけて田舎に行かなくとも、毎日自然相手に土と戯れることができる。そして、安全な食品を食べるために無農薬の野菜を高いお金を払って苦労して手に入れなくても、自分で食べきれないほど作って好きなだけ食べることもできる。これこそ、豊かな生活でなくて何だろうか。豊かな生活とは、安心して生きられることが大前提であり、その上で自己実現ができることである。農家は、サラリーマンに比べて労働時間が決して少ないとは言えないが、そこはサラリーマンと違って自分で管理できるのだから、十分に自由な時間を作ることが可能である。だから、お金を儲けたいのでなく、豊かになりたいというのならば、農家になるという道を、私は皆さんにお薦めします。

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