Little killer returns



ここは年も瀬の旧東京、とあるホール。

会場の中央にあるリング上に、コーナーポストにもたれかかって立つ一人の男の姿があった。

大きな男である。

大体プロレスラーという人種は体格が大きいものが多いが、この男はその中でもず抜けて

大きい部類の体の持ち主であった。

男は目をつむったまま動かない。さながら一つの山を思わせる光景である。

(もう一度・・・この上に帰ってこなくては・・・)

男はもう長いことこのリングの上で闘ってきた。さすがに全盛期から比べればかなり衰えが見えるが、

それでもファンは彼のファイトを応援してきた。ファンは、どんな形でも彼がリングの上で闘う姿を、

いつまでも見ていたかったのである。

しかし、彼の長い闘いに終止符が打たれようとしていた。彼の体に異変が起きていることに、

彼自身が気づいたのである。

(この体の不調・・・老いだけが理由ではないだろう。おそらく入院が必要か・・・)

男はしばし腕を組んで考える。

(私ももう年だ。もう、十分な程闘い続けてきた。出来れば引退したい・・・)

だか、彼を応援してくれるファンのことを考えると、その決断がどうしても出来なかった。

その男、馬場正平はリングの上で目を閉じて、静かに息を吐いた。



しばらくして目を開けた正平は、向いのコーナーに一人の少女が立っているのを見た。

青い髪をした、赤い目が印象的なかわいらしい少女だ。口元には愛らしい微笑みが浮かんでいる。

(おや、この子は?)

正平はこの少女に全く見覚えがなかった。

「あの、馬場さん・・・」

突然少女が話しかけた。

「うん、なんだい?」

正平は優しく聞き返す。

「プロレスやってて、楽しかった?」

無邪気に見える少女の、あまりにも重い意味を持つ質問に、正平は考え込んでしまった。

思えば、好きで始めたのではない。

本当は、プロ野球選手として成功したかったのだ。

しかし彼の恵まれた体をもってしても、プロの壁はあまりにも厚かった。

人を押しのけて頂点に立つには、自分はあまりにも優しすぎたのだと思う。

野球をやめざるを得なかった自分の、最期に残された道がプロレスであった。

人を傷つけて勝利をつかむようなことは、出来ればやりたくなかった。

だがもう他に進む道はなかったのだ。

そして自分は闘い続け、ついに引き返せない所へと向かっている。

やめたくても、自分を応援するファンのことを思うと、どうしても出来なかった。

でも、そこまでファンに慕われるのは幸せだ、とも思う。

そういうファンのために、死ぬまでリングに上がるのも良いと思う自分も、かつて確かにいた。

そして今は・・・。

正平は思索を打ち切ると、目の前の少女にゆっくり語りはじめた。

「そりゃ、つらいこともたくさんあったさ。だけど、プロレスやってて楽しかったと思うよ。

お嬢ちゃんみたいな子まで応援してくれるからね」

そう言うと正平は、おだやかな笑顔で少女を見つめた。

正平の言葉が少女には意外だったようで、急に顔を赤らめてそわそわしていたが、やっと

「ありがとう」

と今にも消え入りそうな声で一言告げると、あわててリングから降りて走り去っていってしまった。



(やはり、ここへ戻ってくるべきだろうか?)

さきほどの少女との会話で、正平はなにか忘れていたものを思い出したような気がした。

(しかし、私にもやりたいことはある。リングを降りたらまず・・・)

再び思索をめぐらせていた正平の目の前に、いつの間にか1人の少女が立っていた。

中学生から高校生ぐらいの年頃だろうか。

青い髪、赤い目・・・どこかさきほどの少女を思わせる顔だちだが、その顔には何も表情が

浮かんでいない。

「ごめんなさい、妹が・・・」

いきなり少女が話しだした。

「いや、あやまることなんてないよ」

(さっきの子のお姉さんか・・・良く似ている・・・)

正平が思いをめぐらせていると、少女が話しかけてきた。

「あの、馬場さん・・・一つ聞いてもいい?」

正平が黙っていると、少女がまた話しはじめた。

「何かな?」

「今、このリングに上がるのは楽しい?」

「・・・」

正平は再び考え込んでしまった。

自分の団体は「明るく、楽しく、激しいプロレスを」を旗印に興業している。

自分はさすがに激しいプロレスは出来ないが、明るく楽しい試合になるよう心掛けてはいる。

しかし、それでよいのかとも思う。

プロレスラーが、強さではなく笑いを売り物にしてよいのかと。

自分を「兄貴」とよんで場内をわかせるあの男も、かつては「金網デスマッチの鬼」と恐れられた

ほどの激しい闘いをこなしてきた猛者なのだ。一時期は格闘技色の強い団体のリングに上がっていた

こともあった。

その男が今、試合後のコメントで観客の受けをねらっている。男の心の中には、どのような思いが

よぎっているのだろうか。

笑い者、という点では自分も同じだ。かつてはチャンピオンだった男が、今や観客席から笑いが

おこるような試合をしているのだから。

数年前、地元で試合を行った時に観客席から聞こえた「動け、馬場」という声は、その証であろう。

しかし、それでもいいじゃないかと思う自分が、今ここにいる。

自分はもう十分に強さを証明してきたのだから。多少笑われてもびくともしないほどの強さを・・・。

考えのまとまった正平は、少女にこう答えた。

「ああ、楽しいよ。形はどうあれお客さんが喜んでくれるからね」

少女の顔に驚きの表情が浮かんだ。少女はしばらくそのままで黙っていたが、やがてにっこり微笑むと

「そう、それはよかったわね」

と一言だけ口にした。

その言葉を聞いた正平は、少女に優しく語りかけた。

「もしかして、妹さんともども僕のファンなのかな? よかったらサインくらいは・・・」

「な、何を言うのよ」

正平の言葉が意外だったのか、少女は顔を真っ赤に染めると、あわててリングを降りて

走り去ってしまった。

(姉妹そろってはにかみ屋だなぁ)

正平の顔に笑みが浮かぶ



いきなり現れた二人の少女との不思議な出合い。

正平は少女達との話を思い出すうち、あることを思い出した。

(そういえば、主人公にこんなことが起る話を聞いたことがある。あれは確か・・・)

その時、正平の向いのコーナーに1人の女性が現れた。

ショートカットが似合う、優し気な顔だちの女性だ。さきほどの少女達に似た雰囲気をただよわせている。

白衣を羽織っているところからすると、医者かなにかだろうか。

(・・・そうか!)

女性を目の前にした正平は、全てを理解した。

「すみません、娘達が御迷惑をかけたようで・・・」

優しそうな声で謝る女性に、正平はこう答えた。

「いえ、むしろこちらが感謝しているくらいです。僕の過去と今を改めて確認させてくれたのですから。

あなたは、僕の未来を見せてくれるのでしょう? もう残された時間がわずかだから」

「!!」

正平は驚く女性に、苦笑しながらこう答えた。

「昔、今と似たようなことが起る話を、本で読んだことがありましてね。あれはディケンズの

『クリスマスキャロル』でしたか? でもあれは強欲な男が改心する話でしたよね。自分で言うのも

なんですが、自分はあそこまであこぎに生きてはいないと思うのですけど・・・」

「そうですか、もう全てお分かりなのですね」

目の前の女性は正平の話を聞き終えてから、ゆっくり話しはじめた。

「これまであなたは、ひたすら他人のために闘ってきました。あなたの闘う姿に勇気づけられた

人は、数えきれないくらいいるでしょう。でも、あなた自身は、闘いを決して望んではいなかった。

優しいあなたは、人を傷つけることが何よりも嫌いだった。あなたは心の中で、人を傷つけずに人を

励ます方法があれば、といつも考えていた。そうですよね?」

正平は黙ってうなずいた。

「残された時間はあまりありません。あなたにその気があれば、人生をもう一度やりなおす機会を

あたえられるのですが・・・あなたは、それが許されるだけのことを成し遂げているのですよ」

話を聞いた正平は目を閉じたまま黙っていたが、しばらくしてこう答えた。

「お気持ちは嬉しいのですが・・・僕は今のままゆきたいのです。好きで始めた道ではありませんが、

この道を歩んだおかげで、いろいろな人を励ますことが出来ました。そのことを後悔してはいません」

正平の言葉を聞いた女性は困ったような顔をしていたが、やがてにっこり笑うとこういった。

「それでこそ馬場さんですよね。王者たるもの弱音を吐かない、ですよね?」

「ははは、そんな立派なものじゃありませんよ」

おもわず正平は笑ってしまった。いくら自分の入場テーマが「王者の魂」だからって・・・。なかなか

面白いお母さん・・・いや精霊かな?

気がつくと正平の前には、先程の姉妹とその母の3人が立っていた。

「いきなりお邪魔して申し訳ありませんでした。あなたとは、また近いうちにお会いすることになる

でしょう。その時は遠慮せずにおっしゃって下さい。あなたが望む世界を・・・」

少女達の母親が、優しく正平に言った。

「今度は、自分の好きなように生きられるのよ」

姉が笑顔を正平に見せて言った。

「また会おうね、馬場さん」

妹は明るく正平に笑いかけた。

3人の親子は別れの挨拶をすますと、リングを降りて観客席の闇の中へ消えていった。

リングの上にひとり残された正平は、しばらく不動の姿勢で立っていたが、やがてゆっくりとリングを

降りると控え室に向かって歩き始めた。

(神様、今日はいい夢を見させてもらいました。今度はプロ野球のスターに・・・いや、絵描きも

いいかな?)

ゆっくり歩いていく正平の顔には、さっきあの母親がみせたような優し気な微笑みが浮かんでいた。



1999年1月31日。

心優しい戦士が1人、師匠達の待つリングに向かって旅立って行った。

神の内に宿る母の魂だけは知っていた。

優しい戦士に時を超えた補完の手が、その最期の時に差し伸べられたことを。






「赤い色は嫌い、弐号機パイロットの色だから。でも好き、赤は優しい馬場さんの色・・・碇君、

これで大丈夫?」

お馴染み夜の葛城家で、パソコンとにらめっこしていたレイがシンジに聞いた。

2人の後ろでは、がんじがらめにしばり上げられたアスカが怒鳴っている。

「ちょっとシンジ、アタシがSS書くのを手伝うって約束だったでしょ! どうして後から来た

ファーストの味方をするのよ!」

「ごめん、アスカ」

謝るシンジの口調には、いつもとはちがう強い意志が込められていた。

「でもアスカ、やっちゃいけないことはあるんだ。アスカはずっとドイツにいたから知らないと

思うけど、日本で馬場さんの悪口をいうプロレスファンは、みんなから相手にされないよ。批判なら

ともかくね。だって、日本のプロレスをここまで盛り上げた人だもの。それをアスカは、また子供の

綾波に『三沢さんがいったの。のろいじーさんはいらない』なんて言わせるんだもん。ひどいよ」

「むぅ〜・・・」

シンジがやさしく説明したので、アスカは黙り込んでしまった。どうやら自分の過ちを認めたようだ。

「綾波、だいたいこんな感じでいいと思う。でもなんでこんな話を書いたの?」

シンジの問いにレイが答える

「この間、私が自分の誕生日が分からないといったら、碇君が『じゃあ、3月31日にしよう。だって

みんなが今までの自分にさよならを言って、次の場所へ旅立つ準備をする日だから』って言ったでしょ?

あの後でいろいろ調べたら、私の誕生日があの人の小命日だったことを知ったの。私、馬場さんは好き

だから。優しくて、碇君みたい・・・」

「いや、その、そうだ、SSこれでいいと思うよ」

あわててごまかすシンジ。

レイはしばらく考えて込んでいたが、黙って最後に言葉を付け加えた。



さようなら、そしてありがとう馬場さん。



Little killer returns 改め Little angel has landed 完


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