北海道医療新聞社

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暮らしと健康の月刊誌:ケア

12月号

特集記事

2号連続特別企画 

わかっておきたい介護保険の使い方

「前号「わかっておきたい介護保険の使い方」に続く第2弾。今回は、在宅サービスといわれる訪問介護(ホームヘルパー)や訪問リハビリテーションのほか、特別養護老人ホームや老人保健施設、ケアハウス(軽費老人ホーム)、グループホーム(認知症対応型共同生活介護)などの施設サービスの内容や違いについて、前回同様、医療法人渓仁会の奥田龍人室長に解説してもらった。


生活の適切なコントロールが必要

ネフローゼ症候群

腎炎や糖尿病から引き起こされるネフローゼ症候群。高度のたんぱく尿や低たんぱく血症、身体の浮腫などの症状が表れることが特徴。発症すると身体のなかでどんな異常が起こるのか、また治療法について仁楡会病院(南区)の前野七門副院長に解説してもらった。


その発見が潰瘍治療を一変させた

ピロリ菌

日本人の多くが感染しているといわれる、ヘリコバクター・ピロリ菌。決して珍しいとはいえないこの細菌が発見されたのは、それほど昔のことではない。この細菌の発見が、医学の世界を大きく変えたといわれる。ピロリ菌とは一体何か、どういった疾患と関係があるのか、その発見の歴史なども含めて、上原内科クリニック(手稲区)の上原聡院長に解説してもらった。


自殺者の増加とそのリスク・ファクター

初期のうつ病

昨今、自殺サイトで知り合った若者同士の自殺が社会問題化している。日本国内での年間自殺者数は戦後の一時期を除いて二万人前後で推移してきたが、平成十年を境に突如三万人台に乗り、以降三万人を割らない現状が続いている。本人の性格、社会情勢などさまざまな要因が指摘されているが、専門家の間でもなぜそのような現象が起こっているのか明確な理由がわかっていないという。しかし、自殺の危険因子に目を向けると、うつ病をはじめとした精神疾患が多くの割合を占めている。こうした現状とうつ病の症状やなりかけのサイン、ストレス対処法などについて、札幌心身医療研究所所長の久村正也氏に聞いた。


より活用するための環境作りが必要

放射線

 医療機関を受診した多くの人が一度は経験したことがあるレントゲン撮影。放射線が用いられる基本的な一例だが、放射線科が携わる仕事は医療機器や技術の進歩で拡大を続けている。今回は北海道がんセンター(白石区)の西尾正道副院長と、北海道大学歯学部歯科放射線講座の中村太保教授に放射線について聞いた。



カラーグラビア / 北海道の歴史探訪

袋澗〜その場所でニシン漁が栄えた証〜

北海道の開拓初期を支えた産業の一つがニシン漁。春になると産卵のため大量に回遊してくるニシンを求め、北海道西岸各地はにぎわった。中にはニシン漁で巨額の財を手に入れる人がおり、そうした人々が築いた大きな番屋の一部が現在も保存され、当時の面影をしのばせている。後志を中心に渡島や利尻島、礼文島では番屋がある海岸に、袋澗(ふくろま)という建造物が存在した。
 袋澗を一言で表すと、個人所有の小型の漁港といえる。石を積み上げ、間を初期は漆喰、大正以降はコンクリートで固めた構造になっており、小型船の係留や魚が入った袋網の陸揚げに用いていた。
 袋間の建造は夏期の短期間に集中して行われた。海中に設置するため防水堤防を作って海水を汲みだし、干拓地を作ることから始まる。海底面を一メートルほど掘り下げ堤体を築き、袋澗内をコンクリートで仕上げた。最後に防水堤防をはずして完成となる。この土木工事には現在の貨幣価値に換算して、億単位の資金を必要としたことからも、当時のニシン漁の繁栄をうかがい知ることができる。また巨大な袋澗を建設するためには防水堤防も、より強固なものでなくてはならず、天候悪化による防水堤防の破壊などの損害もあったという。
 袋澗は三百ほど作られ、とくに積丹半島には百二十ほどが存在した。しかし大正以降、ニシン漁の衰退が始まり、昭和の初めには漁を行うことができなくなるほど、ニシンが減った。ニシン漁を生活の糧としていた人たちは去り、多くの袋澗は放置された。袋間の堤体上部は、冬の時化や台風などの強い波の力で破損することがあり、その度に修理されてきたが、放置されて以降は修理されることもなく崩れ、袋澗の内側は壊れた堤体に用いられた石で埋まっていった。また国道二二九号線など道路建設に伴って消失したり、波消し用のテトラポットで埋められた袋澗も数多い。

写真・資料提供:北海道酪農学園大学教授 北海道産業考古学会会長 山田 大隆さん

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