一人目は「帝王切開」

腹の息子君が「さかご」になった時から、覚悟はしていた。
6ヶ月検診にさかごになって以来ずっと治らず、8ヶ月検診の頃には半ばあきらめていた。
頭が上なのは、この子の「個性」なんだと。(この言い方かっこよすぎ)
ただ、行っていた産院では、さかごでも経膣分娩で頑張る方法を選べるので
可能な限りは下から産みたい、と所望していた。
診てもらい続けたO医師にも「経過を見ましょう」と、言われていたので、
ギリギリまで待つつもりでいた。
それでも心の中ではあきらめきれず、毎日ヒマさえあれば
「さかご体操」をやったり、ひっくり返って過ごしていた。
いわゆる「最後のあがき」を繰り返していたのだ。

10ヶ月に入っても産まれる気配は全く無かった。
運命の日の3日前の検診でも
「まだまだお尻の位置も高いし、子宮口も全然開いていない。予定日過ぎになりそうだね」
と、言われていた。
折りしも季節は7月。
この年は暑い暑い夏の日が続いていた。
毎日重たい腹を抱えて、ひたすら我慢の時期を過ごしていた。

そして、ついにその日はやってきた。
予定日、7月13日より3日早い7月10日の早朝。
頻尿妊婦だったこともあり、いつも通りトイレに起きた私は何気なく時計に目をやった。
5時少し前。
まだ起きるには早い。
「さて、もう一眠り・・・」
と、布団に横になった瞬間、勢いよく股の下から何かが出たのがわかった。
しかもそれは明らかに「尿」とは違う。
「ヤバイ!!」
咄嗟のコトで身体がすぐに動かない。
すぐに隣の旦那ちゃんを揺り起こす。
「破水したみたい。病院連れて行って」
それだけ言うのが精一杯だった。
伸ばした右手が少し震えていた。
旦那ちゃんは慌てて飛び起きてくれた。
着替えながら、トイレにもう一度行ったが、一向に流れは止まらない。
頭の中では、仕入れた知識の中でも最も注意しなけらばならない項目が
グルグルと渦巻いていた。

「さかごで破水は要注意!!」
さかごで破水してしまうと、頭位のように頭が子宮口に栓をしてくれるわけでは
ないので、注意が必要。
羊水が流れ出すと、臍帯が一緒に出てしまう危険もあるのです。

病院に着いても、歩くだけで股下からどんどん羊水が流れ出してしまう。
そのまま陣痛室で横になるように言われたが、
早く何とかしてくれっ!!
腹の子に何かあったらどーするんだー!!と、
ドキドキしていた。
幸いなことにこれ位では、大丈夫なことがあとでわかったのだが。
しばらくして分娩室へと移動した。
時間が経つにつれて歩けなくなったら困るので、今のうちに、ということらしい。
広い部屋の中にはテレビも置いてあった。
すぐに点滴とNSTが付けられた。
破水の勢いは大分弱まっていた。
いつも診てくれていたO医師が来て
「破水しちゃったんですねー」
と、残念そうに言った。
「破水すると、感染症があるから危険ですよ。赤ちゃんのお尻の位置もまだ高いし、
陣痛を待つのは難しいと思います。」
今までずっと、下から産めるように待っていてくれた医師に言われたので
意外とあっさりとあきらめがついた。
「わかりました。切って下さい」
タイミングが良いことに、O医師が午後から手術してくれるという。
それまで部屋の中で待つ時間となった。

しかし、「切って下さい」
と、言ってみたものの、私自身の心にはその決心がまだ全くついていなかった。
お腹を切るなんて、初めてのことだ。
自分の身体が開腹(開子宮か)されるなんて、考えただけでもぞっとする。
こんなことならもう少し、帝王切開について勉強しておけばよかった。
今更言っても遅い。
やらなければならないのはわかっている。
でも、ものすごく怖い。
怖くて仕方ない。
一人きりになって(旦那ちゃんは仕事に行ってしまった)思考回路は
更に加速度をつけてどんどん下向きになっていく一方だった。
イヤだ、イヤだ。
この苦しさから逃れたい。
身体がだるく、熱っぽい。
辛い、苦しい。
そんなことばかり考えていた。
それに加えて、破水してしまったせいで一緒に陣痛まできてしまい
(恐らくこれが微弱陣痛というものなのだろう)
子宮口も2cm開いていた。
2cmでも生理痛の15倍位の痛さが波のように襲ってくる。
これが全開の10cmなんかになったら一体どれ程の痛みになるのか?
想像もつかない。
この当時は2cmでも自分的には重体状態だった。
(次回の経膣分娩で、2cmがどれほどかわいい痛みだったか!?ということを
思い知ることになるとは、この時は夢にも思わなかった。
2cmで、弱音を吐いている自分が今はかなーり恥ずかしい・・・)
更に羊水が減っていたこともあり、激しい胎動を一層激しくしかも腹の皮に近い場所で
感じているうちに気持ち悪さが増してきてしまった。
ぼっこぼっことうごめく腹と格闘しながら
「こんなことなら予定帝王切開にでもして、とっとと切ってもらえばよかった」
と、本気で後悔していた。
「そうすれば、切る痛みだけで済んだんだろうなー・・・」
そんなことまで思っていたのだった。

午後、12時30分。
いよいよ手術が開始されることになった。
剃毛(ていもう)され、何と全裸(ひえーーっ!!)になるよう言われた。
しかし嫌だ、と言うわけにもいかず仕方なく脱ぐ。
そのまま手術台の上に横になった。
看護婦さんしか付いていないとはいえ、心地よいものではない。
一応、身体の上にタオルがかけられていたので、あまり気にはならなかったが、
それでもやはり恥ずかしい。
こうなったら「まな板の上の鯉」だ。
好きにしてくれ。
半ばヤケ気味になっている私の身体の上に、深緑色のシートのようなものがかけられた。
お腹のところだけが丸く穴があいている。
いかにも「これから手術します」という状態だ。
この時、今すぐにでも逃げ出せるものなら逃げ出したかった。
切腹なんて嫌すぎる。
現実と向き合うのが心から怖かった。
そしてもうひとつ、怖い理由があった。

実は、私は麻酔が効きずらい体質、だ。
アルコールにめっぽう強いということが、一番の原因だろうと、
本人は充分自覚している。
それは前回の痛すぎる記憶、「流産」の手術で経験済みだ。
何と言っても手術途中で麻酔が切れかかったあの時の恐ろしさは
忘れられない体験だ。
どうか願わくば、麻酔が最後まで利いていますように。
いや、麻酔事態が効きますように。
切実な願いだった。

「下半身麻酔をかけます。お母さんが寝てしまうと、赤ちゃんも寝てしまうので、
上半身の意識はあります。産声も聞けますからね」
と、説明された。
もう引き返せない。
いよいよ切腹の時が来たのだ。
身体をできるだけ丸くして腰の辺りに注射を打つ。
かなり痛い。
しばらくすると、足の先から少しずつ感覚が無くなってきた。
3分位で胸の下辺りまで麻痺したようだ。
何となくまだ感覚が残っているような錯覚もあった。
とりあえず麻酔は効いているらしい。
顔と首の間にカーテンのようなものが置かれた。
これで切腹の様子は見られない。
多分、血だらけになるのだろう。
見ないほうがいい。
左腕には点滴、右腕には自動血圧計、そして酸素マスクを付けての手術が始まった。
最初にお腹をメスで切られる感じがした。
”うわっ!!”
と、思ったが何となく、というだけなので痛みはなかった。
これで麻酔がなかったら、あまりの激痛でショック死しているところだろう。
更に奥の方は、はさみのようなもので切っている。
多分、子宮だろう。
(この段階では、どこをどうされているのかわかってはいたが、
まだ雲の上にいるようなぼんやりとした感覚だった)
「お腹を押すからね。赤ちゃんを出すよ」
と、言われると同時にお腹の上のほうをぐいぐい押された。
何かが取り出された気がした。
しばらくして「うげぇー」と、声がした。
とりあえず、元気で無事であることがわかった。
「13時5分です」
と、看護婦さんの声がした。
”あーついに産まれたなー”
と、不思議な気持ちになった。
そのあと、掃除機のホースのようなもので子宮の中身を吸われた。
恐らく胎盤なども取り出されたのだろう。
そして縫い合わせが始まった。
だがこの時、私はとてつもなく恐ろしいことに気が付いた。
”もしかして・・・また麻酔が切れかかっている・・・?”
そう、確かに痛いのだ。
切られた腹の皮を真ん中で縫い合わせているのが、とんでもなく痛い。
しかも皮と皮を両側からぐいぐい引っ張っているらしい。
”ヤバイ、痛い・・・これは・・・痛いぞ・・でも・・
きっと、気のせい
に決まってる”
と、懸命に自分に言い聞かせていた。
気が付いてしまったら、自覚してしまったら、マズイ。
感覚が出てきてしまっているのだから、簡単に気は逸らせない。
それでも、忘れようと必死になっていた。
途中O医師に一度だけ
「痛いですか?」と、聞かれたので思いっきりうなずくと
「ああ、そうですか」
と、笑いながら聞き流されてしまった。
そりゃそうだ。
まさか本気で麻酔が切れかかっているなどとは誰も思うまい。
しかし、切れかかっていたのだ。
気のせいでも何でもない。
本当に。

「はい、元気な男の子ですよ」
目の前で見せてもらった息子は、ものすごく整った顔をしていた。
産道を通らなかったから、かなーとぼんやり思った。
我が子ながら見惚れてしまった程だ。(親バカ?)
ようやく対面できたのもつかの間、すぐに保育器に入れられてしまった。
帝王切開は、産道を通ってないので、呼吸器官等の様子を診なければならないそうだ。
それに破水しているので、感染症の心配もある。
けれど、とりあえず無事に出てきてくれたことで私は少し泣きそうになっていた。
”よかった・・・本当に・・・”
しかし、次の瞬間そんな感動にひたっていた私の耳に
「バチン!バチン!」
と、とんでもない音が聞こえてきた。
”こ・・・これはもしかして・・・ホッチキス・・?”
傷をホッチキスで止められている音なんて誰だって聞きたくはないだろう。
だが、聞いてしまった。
それも、10本近く止められた音を。
”あー、これで私も傷物の身体だなー”
と、ぼんやりと思った。

無事に手術は終了したが、本当の地獄はまさにこの後からだったことに、
この時の私は気づくはずもなかった。


                        術後の地獄について
                           

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