二人目は「経膣分娩」

一人目を出産した時に
「次の子は最低1年半は空けて下さい」
と、思いっきり念を押されていたというのに、全くの予想外妊娠は
ギリギリ1年後に発覚した。
しかも予定日を聞いて更にビックリ。
「うわっ!!マジ!?もしかして・・・年子・・・?」
流石にヤバイよなー・・・と、思いつつどんどん妊婦期間は過ぎて行く。
一人目を取り上げてくれたO医師に会ったら怒られるかなー
と、覚悟を決めたが大丈夫だった。(8ヶ月まで会えなかったし・・・汗)
9ヶ月の時、たまたまO医師がお休みだったばっかりに別の医師に当たってしまい、
「次も帝王切開でいいですね?」
と、有無を言わさず聞かれてしまい、
「いえ、次は普通分娩を希望しています」
と、反論すると、帝王切開後の普通分娩の危険さを延々と聞かされ
挙句の果てには
「普通分娩でどうなっても病院側は責任を取らない、という同意書に判を押してもらう」
とまで言われたのはショックだった。
笑顔で話は聞いていたが、だんだん引きつっていくのもわかった。
「次の検診まで産み方をどうするか話し合って下さい」
まさに、これだけ言っても普通分娩希望なら勝手にどうぞ、と言わんばかりの一言だった。
帰り道、沈痛な面持ちで旦那ちゃんと話し合う。
やっぱり無理なのだろうか?
ダメなのだろうか?
胎児の安全が第一なのはわかっている。
でも、そう簡単にまた切腹したくない。
一人目を切腹して産んでから回復までにかなりの時間がかかっている。
ダメージも大きかった。
本当に辛く、苦しかった。
できることならもうあんな思いはしたくない。
でも・・・・。
答えは見つからない。
来週、O医師に改めて聞いてみよう。
それが、唯一の答えだった。

私が行っていた病院は帝王切開後の普通分娩希望を受け入れている所だった。
すがる思いでO医師に診てもらう。
内診を受けながら
「次は普通に下から産む気はありますか?」
と、聞かれ
「はい、そうしたいです」
と、力強く答えると
「じゃあ、普通に時期(お産の)を待ちましょう」
と、あっさりと言われてしまった。
あまりのあっさりさに返って驚いてしまった。
え・・・?それだけ?
前回あれほどいろいろ言われたのに、それだけでいいの?
びっくりしつつ、主治医はO医師なんだから任せようと思った。
のほほーんとした口調に拍子抜けしながらも、
いよいよ、ひたすら「待つ」日々が始まった。

前回は一人目妊婦ということで、自分を甘やかし
殆ど動かずに、日がな1日逆子体操ばかりやっていた。
でも、今回は「ひたすら動く」
ことを目標にしていた。
何と言っても、予定日を1週間過ぎたらアウトなのだ。
前回産道を使っていない私は初産同然。
予定日を過ぎることだって十分有り得る。
それじゃあ困るのだ。
待てる時間は限られている。
が、幸いなことに動かざるをえない状況であったことも確かだ。
そうでなくても上の子が居たら、
のんびり優雅に腹の中の子のことだけを考えている余裕なんぞどこにもない。
家事も当然バリバリ手抜きせずこなし、散歩も息子を連れて、
ほぼ毎日雪の中を歩き回っていた。
おかげで、産休に入った8ヶ月からすでに疲れ果てて具合いも悪かったが、
今回は決して負けなかった。
ひたすら動き、歩き、経膣分娩を目指していた。
体重増加も、激つわりで今回も7キロ痩せて、臨月までに11キロ戻したが
結局スタートから4キロ増、という結果となった。
妊婦にしては増やしていない方だ。
このことは、VBACの成功のひとつの理由とも言えるのではないか?と
自分では思っている。

帝王切開後、もう一度帝王切開を勧められるのは・・・・

病院からプリントを頂いていたのでそのまま載せておきます。

A、分娩前
     1、児頭骨盤不均衡、狭骨盤、巨大児
     2、さかご、多胎、子宮内胎児発育遅延
     3、羊水過多、羊水過小、前置胎盤、臍帯下垂
     4、子宮の前壁がきわめてうすい場合
     5、前回の手術の方法が不明の場合
     6、予定日を1週間以上過ぎた場合
     7、前期破水
     8、その他、医師が経膣分娩不適当と判断した場合

B、分娩中
     1、微弱陣痛、過強陣痛
     2、分娩の進行が悪い場合、産道が極端に狭い場合
     3、子宮前壁(前回の手術創)の不自然な痛み
     4、モニターによる胎児心音の悪化(胎児仮死)
     5、その他


子宮破裂について

A、頻度
     前回帝王切開で経膣分娩を試みた場合0.5〜1%に子宮破裂がおこると
     いわれています。この場合母体や赤ちゃんに重篤な状態を招く可能性があ
     ります。

B、予知
     前述した、手術切開部の不自然な痛みやモニターによる胎児仮死の徴候
     で予知します。

前回帝王切開の方には、陣痛促進剤は一切使用しません。

以上のコトが記されていました。

2003年3月11日
早朝4時、いきなりの痛さに目が覚める。
何となくどんよりと腹が重く痛い。
忘れていた生理痛のような感覚。
しかも痛みに少し波があるらしく、寄せては引いて行くように
いてーーっ!!という時と、全く何でもない時があるのだ。
眠いから寝たいのに、これでは眠れない。
仕方ないので、隣の部屋で一人パソコンを開く。
6時位までそのままぼんやりと過ごす。
旦那ちゃんが気づいて心配してくれた。
「少し寝た方がいい」
と言われ、無理じゃないかなーと思いつつ、横になる。
その後、7時半まで眠れたので、やっぱり何でもなかったんだろう、と一人納得。
でもこれが、後で考えるとどうやら前駆陣痛だったようだ。

その後は特に何とも無かったので、上の子を予防接種に連れて行ったり
散歩に行ったりといつも通り過ごしていた。
そして、夕食の用意をしている時から、少しずつお腹が張っていることに気がついた。
生理痛のような痛みもある。
しかし、先週からさんざん「狼妊婦」(偽陣痛が来たぞーと叫んで周りを慌てさせていた)
と呼ばれていたので、今回もきっとそうだろうと自分で思い込み、
気にしないようにしていた。
(しかし、この段階ですでに間隔は長くて30分、短くて20分になっていた。)
いつのまにか、この辺りから時計を見て、不規則ながら確実にやって来る痛みの感覚を
知らないうちに計っていたようだ。
上の子を寝かしつけ、パソコンを開いているうち、夜10時過ぎ位から
再び痛みがやって来ていることに気がついた。
今度は長くて20分、短くて15分間隔になっていた。
それでも「違うよなー」と、自身を疑い気にしないようにしていた。

ところで、これを読んでいる方で、出産がこれからの方
「陣痛」
がどういうものかご存知だろうか?
もちろん私も「経膣分娩」は全く未知の世界だったので、当然知るはずもなかった。
よく、「陣痛って絶対わかる」と言われているが
本当だろうか?
どんな痛さなのだろうか?
と、かなり不安だった。
そこで、ネットでぐぐってみる(2チャン用語だろうが)ことに。
この時既に軽い陣痛が来ていたと言うのに、
何を呑気に・・・と、今なら思うのだが
何せこの段階では気づいてもいないのだから仕方がない。
一番多かったのが「生理痛がヒドイくなった痛み」
というものだった。
私は普段から生理痛が強い方で、薬も飲んでいたし、寝込むことも多かった。
上の子を帝王切開とはいえ、産んでからは少しは痛みが軽くなっていたが
それでもかなり重症の生理痛持ちの体質だった。
だから、この表現はすぐに理解できた。
遠くからやってきた生理痛がだんだんと近づいてくる。
そんな感じだ。
まあ、あまり近づいて来て欲しくはなかったが、仕方がない。
ところが、次によくある「腰の痛み」
と言うのが私には全く無かった。
代わりにあったのが
「ケツ・・・・いや失礼、尻の穴の痛み」
だった。(爆)
いや、マジでこれがものすごい痛みなのだ。
お尻の穴を、身体の中から熱いボーリングの球でドカドカぶつけられている。
その球を外に出したいのに、穴はふさがっていてどうしても出せない。
時間が経つにつれて、ぶつけられる衝撃が勢いを増していく。
とにかく痛いのだ。
鋭い痛みに襲われる、とでも言うべきか。
ケツ・・いや、尻の穴が。
でも、そんなコトどこにも書いてない。
これは何なのだろう?
と、ずっと思っていたが、後になってこれも陣痛のひとつ
だというコトもわかった。
この二つの痛みに終始苦しめられていた、それこそが私の
「陣痛」だった。

11時過ぎ、旦那ちゃん帰宅。
この段階で、間隔は長くて15分、短くて10分。
どんどん短くなってきている。
12時過ぎから眠いので横になってみた。
が、どかーんと内側から身体を打つ痛みで何度も目が覚める。
時折、あまりの痛さの衝撃で「うっ」と声を出してしまいそうになる。
慌てて口を押さえて起き上がる。
上の子が起きたら大変だ。
ウトウトとするものの眠れない。
とうとう1時近くなり、眠るのを断念する。
旦那ちゃんが隣の部屋で仕事をしていたので、一緒に起きることにした。
ここから痛みの来る時間をメモし始める。

12時58分
1時6分・11分・15分・23分・30分・34分・41分・48分・56分
2時2分・9分・14分・17分・21分・25分・28分・32分・37分・41分・46分・51分・55分
3時ちょうど・5分・12分・19分・26分・29分・36分・41分・48分・52分・55分

後で気がついたのだが、既に長くて7分、短くて3分間隔にまでなっていた。
それでもまだ、私は自身を疑っていた。
「まさかな、まだ違うよな」
と。
本当ならかなりの苦しさもあったのだが、この段階で旦那ちゃんに
「病院に電話する」
とは、まだ言えないでいた。
もし、陣痛じゃなかったら病院に行っても帰されてしまうという話も聞いたことがある。
それじゃあ、あまりにも恥ずかしい。
ここまで来ると、痛みの衝撃波もかなり強かったのだが、できるだけ
「これは違う」
と、無理矢理思い込み、あまり力を入れずに気にしないようにやり過ごしていた。
陣痛の最初はできるだけ体力を使わないのが一番いい。
始めから気負って構えていたらぐったり疲れてしまう。
初期の段階でそれでは早すぎる。
どんどん痛みの間隔は短くなって行くのだが、陣痛の合間は普通でいられるので、
できるだけ気にしないようにしている
と、後でもっと辛くなった時のための体力を温存していられるのだ。
(でもこれが結構難しい。だってドカドカの衝撃の勢いは増していくのだから)
私は幸いなことに、子宮口全開までの時間が短かったので、
いつか終わりが来る!!とだけ考えていたけれど、
これで長引いたらかなりキツイだろうなーと、今なら思う。

4時になり、流石にもう限界だ・・・と、感じ病院に電話する。
「陣痛の間隔は何分ですか?」
と、聞かれたので
「長くて7分、短くて3分です」
と、そのまま答えると
「ずいぶん短いですね。一応入院の準備をして来て下さい」
と、言われた。
ただ、私自身は前回産道を使ってないので、子宮は初産妊婦と同じと言われていた。
だから病院側も、まさかこんなに早く進行していたとは思っていなかったようだ。
病院に着き、陣痛部屋に通された。
痛みに襲われ、着替えるのもようやくだった。
内診をされ
「あ、もう子宮口が3センチ開いてるよ。子宮口もかなりやわらかい」
と、言われた。
しかも、かなりの出血もしていることも判明する。
「これは進行が早いかもしれない」
と、付け加えられた。
どおりで痛いはずだ。
前回は帝王切開でも、子宮口が2センチまでは開いた痛みは体験した。
2センチでもなかなかの痛みだった。(ハズ)
それがすでに3センチ。
3センチでもこんなにすさまじく痛いのに、全開(10センチ)なんてどれだけ
痛いのだろう?と、恐ろしくなっていた。

出産のスタートは「おしるし」から始まるという場合も多い。
でも、私には無かったので、実際に内診で調べられた時に、助産師さんの手が
真っ赤になっていたのを見て、正直眩暈がしたものだ。
おしるし、は無かったけど、もうすでにかなり出血し始めていたことを
目の当たりにして驚いたのかもしれない。

しかし、3センチになったからと言って、次に何かがすぐに起こるわけではない。
後は10センチのなるまでひたすら待たなくてはならないのだ。
ベッドで横になりながら、私はひたすら眠かった。
何せ、まだ一睡もしていない。
できることなら少しでもいいから眠りたい。
陣痛の合間に少しウトウトするのだが、すぐに痛みの衝撃波にたたき起こされる。
旦那ちゃんの手を握りながら、何とか耐える。
時間だけが静かに過ぎて行く。
そして、確実に間隔も短くなってくる。
次々に痛みの波がやって来る。
生理痛の30倍と、お尻の穴を突き上げるヒドイ痛みと、同時に襲われながら
私は、空けていく窓の外の空をぼんやりと眺めていた。
「いつか絶対終わりが来る」
それだけを思って。

子宮口が4センチ、4〜5センチと、どんどん開いていく。
「あのー・・・お尻が痛いんですけど・・」
たまらなくなって聞いてみると
「あら、ホント?進むの早いかもしれないね」
と、内診してもらう。
「あ、6センチになってるよ」
と、驚かれた。
この頃からいきみたくて仕方なくなる。
助産師さんは
「赤ちゃんを下のほうに下ろすようにフーフーフーと呼吸して」
と、言うのだが6センチになったらそんな悠長なコトは言っていられなくなる。
身体を丸め、とにかく痛みをやり過ごすことしか術がない。
声も思わず出てしまう。
「今のうちにLDRに移りましょう」
と、言われる。
予想以上にお産の進行が早い。
動けるうちに移動しておくのがいいということらしい。
わずかな陣痛の合間に移動する。
内診すると、もう8センチまで開いていた。
「お産の準備しますね」
4時半に病院に来て、7時半過ぎには分娩台に上がっているのだから
かなり早いと言える。
身体の中はお産に向けてドカドカ進んでいくのだが、当の本人はそれどころではない。
耐えるのがやっとだ。
慌しく看護婦さんや助産師さん達が動き始める。
とにかく苦しい。
炎のようなボーリングの球が、身体の中でどんどんお尻近くに下りてくる感じだ。
ここまであまりいきまずに、声も出さずにしていたのだが、
すでに理性は吹っ飛ぶ寸前だった。
8時過ぎ、ついに子宮口が全開した。
助産師さんの手が、子宮口にすっぽり入ったのだが、もう何も感じなくなっていた。
いよいよ、いきむ時だ。
痛みの波の勢いでいきむのだが、なかなか出て来ない。
でも、順調に出ようとしている、と言われる。
だが、自分ではどうなっているのかわからない。
心なしか、陣痛の勢いが弱くなってきている気もしていた。
何度かいきむが、すぐに陣痛の勢いが遠くなってしまう。
右手で自分の太ももの裏を支えて体を丸くし、
左手で旦那ちゃんの手を押さえながら何度となくいきむ。
まだ出てこない。
喉もカラカラだ。
看護婦さんに紙パックのお茶を飲ませてもらうが、乾き方が尋常じゃなかったから
すぐに口の中が砂漠状態になってしまう。
疲労がピークになってきた。
その時、助産師さんが「鏡」を持って来てくれた。
子宮口を映して見せてくれた。
いきんだ時、赤ちゃんの頭が見えた。
途端に元気が出た。
あんな風に腹の子も頑張ってるんだ、ということがよくわかったからだ。
だが、いきみたい波が来ないといきめない。
股の間に何か挟まっている感覚がしている。
ものすごい違和感だ。
ここまで来て、私は逃げ出したくなっていた。
もういい、もうやめたい!!とまで思っていた。
でも、逃げられない。
呼吸法だってやってなんていられない。
気を緩めると叫んでパニック状態に陥る寸前まで達していた。
かろうじて旦那ちゃんが「フーフーフだよ」と、現実に引き戻してくれる。
とにかく目を閉じないで、赤ちゃんが出てくるところを見るんだよ
と、繰り返される。
最後は身体の中から沸き立つものすごい震えを感じ、悲鳴に近い叫び声をあげながら
ひたすらいきんだ。
その瞬間ズルッと何かが出てきたのがわかった。
「うわっ!!何か出た!!!」
と、思った。
「もういきまなくていいですよ」
と、笑顔で助産師さんに言われた。

こうして分娩台に乗ってから、わずか45分弱で次男君が誕生したのだった。

                              VBACを体験してみて
                                    


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