真っ暗な闇の中……優太は自分たちに起こったことを思い返していた。
“覚醒の水晶(アウェイク・クリスタル)”……それに触れた彩音が突然苦しみ出す。
そして、黒い光の中……現れたそれは、すでに彩音ではなかった。

(彩音……お前は一体……)

天真爛漫にして純粋無垢……そう言っても問題ないほどの心を持っていた彩音。
しかし、“覚醒の水晶(アウェイク・クリスタル)”の効果で目覚めたのは、深く、巨大な闇の力。
その名を……ウリエル。

“優太さんっ♪”

聞こえてくるのは彩音の声ばかり。
自分と彩音の掛け合いが頭の中に響いてくる。

“はい……お願い、します……”

優太の告白に対して、顔を真っ赤にしながらの返事。

(これが……俺と彩音の、本当の意味での“始まり”だったよな。)

“優太さんっ! そんな食事してたらダメですっ!”

彩音に叱られた時の事。

(3日続けてカップラーメンだって言ったら、怒られたんだよな。)

思わず苦笑い。
懐かしい、楽しい思い出のはず……なのに……

(なのに、なんで……)

零れ落ちるものを止めることができない。

(なんで、泣いてるんだろうな……)



SUNNY-MOON

第15話 Breakout



 「……!! 彩音っ!!」

ガバッ!

手を伸ばしても届かない……優太は思わず大きな声を上げた。
……なぜか、眩しい。

「……?」

辺りを見る。
……小さな部屋だ。
部屋には、自分が寝ているベッド。
上には棚が用意され、いくつかの可愛らしい人形。
大きな鏡。
化粧台……いくつかの化粧品。
どうやら女性の部屋らしい。

「俺は……なんでここに……?」

ガチャ

ドアが開く。
そこから入ってきた、一人の女性。
……いや、少女だろうか。

「……! あ……もう、大丈夫ですか……?」

その声に引き寄せられるように、彩音と戦った記憶がよみがえる。

(あぁ……そうか。 やっぱり、あれは夢じゃなかったのか……。)

少し落ちこむ優太だったが、自分を心配している女性に対して、出来る限り柔らかく声をかけた。

「……あぁ、大丈夫だ」
「よかった……! 街の皆、呼んできますね!」

身を翻して、少女は出て行った。
言葉通り、街の人たちに伝えに行くのだろう。
……自分の無事を。

(……落ちついてみれば、貫かれた胸の辺りが痛いな……。)

刺すような痛み。
それは、彩音が自分に対して敵意を……いや、殺意を抱き、そしてその殺意にしたがって手を下した証。

「……俺は……どうすればいいんだ……?」

答えは、出ない。





 それからしばらくして……部屋にはブレイバルの王族、衛兵数名がいた。

「勇者殿……体調はいかがか?」

言葉を発したのは、国王だった。
この国だけではなく、この世界に於いて、勇者は国王よりも地位が高い。
このような一国民の部屋に王が直々に足を運ぶのも、そういう理由である。

「まぁ、胸は痛みますが……大丈夫です。 それに……まだ、勇者じゃありません。 クリスタルには触ってないですし」

そう……あの時クリスタルに触れたのは、彩音ただ一人。
優太は触れる前に、彩音の……いや、ウリエルの黒い力に吹き飛ばされたのだ。

「だが……娘の直感に、恐らく間違いはあるまい」
「……他の、皆は?」

優太の言葉に王は答える。

「ウリエルがこの国から飛び立つ際に、巨大な衝撃波が起こった……全員それに吹き飛ばされたと言うが……どこにいったかは掴めておらん」
「そうですか……」

うつむく優太……だが、それを心配している余裕は王にはないらしい。

「……私がここに来たのは、見舞いだけではない。 いくつかの頼み事があって、参った」
「頼み事、ですか?」
「うむ。 ……まず、ここに我が国有数の衛兵がいる。 この者達と共に、再び洞窟へ潜り、“覚醒の水晶(アウェイク・クリスタル)”に触れていただきたい」

勇者の力を覚醒させろ……そういうことらしい。

「……他には?」
「それと、それが終ってからでかまわない。 衛兵を含む兵士たちに、勇者殿の戦い方を教えていただきたい」
「戦い方?」

国の衛兵といえば、かなりの実力者のはずである。
なのに、優太に教えを請う……なぜだろうか。

「うむ。 勇者殿はかのラインハルト王国最強の騎士、ルミナス殿を撃破したと聞いている。 ……しかも能力無しで」

ざわざわと、衛兵の中からどよめきが起こる。
優太は知らないが、ルミナスと言えば、この世界屈指の実力を持つ騎士である。
この世界最強の部隊“聖騎士団”の次期団長とまで言われていたのだ。
それを、能力無しで倒す……並の実力ではない。

「……俺は……両親がある事件に巻き込まれて……肉体改造をされたんです。 その血を引いているせいか……他人より遥かに力があります」

優太は正直に自分の身体のことを口にする。
精神的に疲れきっているせいか、普段口にしないようなことでも口走ってしまう。

「俺は……能力無しで、“[龍]龍撃化(ドラゴンインストール)”を使用したルミナスさんと互角の力でした。 だからだと思います」
「……すまぬ。 悪い事を聞いた」
「かまいませんよ」

柔らかく、言葉を流す。

「そして、最後に……我が騎士団の団長を務めてはくれまいか。 ……ウリエルはすでに世界の半分を手中に収めている」
「!?」

その言葉は……まるであのときの黒い光のように、優太の胸を貫いた。





 「うわああああっ!!」

押し寄せるモンスター……ブレイバルと正反対に位置するアラバスター王国は、ウリエルによって、瞬く間に制圧されていった。
ウリエルは、自らの力で作り出したモンスター達にを引きつれ、次々と国を制圧下においていく。

「ルミナスとかいったな……この国はお前に任せる」
「はっ!」

聖騎士団長になるはずだったルミナスは、今は暗黒騎士団長としてモンスターを率いていた。
その手腕も有ってか、僅か1週間で、1つの大陸が制圧されたのである。





「ウリエルは勇者殿たちを倒した後、ブレイバルを半壊させ、別の大陸に飛び去っていった。 ……今はここが最後の防衛戦だ。 ここを破られれば……そのまま雪崩れ込むように残り半分の世界も制圧されてしまうだろう」
「くっ……!」
「……一つお聞きしたい。 娘の話では、ウリエルは勇者殿の知人が変身した姿だと言うが……?」

その言葉で、衛兵たちからより大きなどよめきが起こる。

「……俺の、恋人ですよ。 ……なぜ、こんなことになったのか、見当もつきません。 黒い心なんて、微塵もなかったはずなのに……」
「私も、あの方から黒い力は感じられませんでした……」

アターシャも言う。

「……勇者殿にとっては、余計に辛い戦いになるだろう。 だが……頼まれてはくれぬか?」

この国……この世界の一大事。
自分の感情など、気にしてもいられない。
ここが防衛できなければ、この世界は……終わる。

「……わかりました」

優太は、そう返事した。





 その夜。
優太は結局その少女の家に厄介になっていた。

「悪い……迷惑をかける」
「いいえ、そんな……気にしないでください」

少女は隣でりんごを剥いている。

「あ、このベッド、返さないと……」

ズキッ!!

「ぐっ!!」

ベッドから降りようとした優太は、胸に走る激痛に悶絶する。

「あっ! 無理してはダメです!」
「く……悪いな……えと……」
「あ、ごめんなさい。 私はクリス=マグナスといいます。 えっと、スノハラ=ユータさん、ですよね?」
「あぁ。 ……ありがとう、クリス。 助かる」

やわらかな笑顔……その笑顔は、一瞬でクリスの心を奪った。

「!? い、い、いえ、そんな……」

真っ赤になってうつむく。
が、優太はその状況に気づかないようだ。

「……勇者、か」
「え?」

優太がつぶやく。

「俺は……勇者になんてなれない……」
「そんなことないですよユータさんならきっと……」
「出来ないんだ」

クリスの言葉をさえぎる。

「……俺には、彩音を殺すなんて、出来ない……」

ウリエルを倒す……それは、彩音を殺すのと同義だ。
彩音ごと攻撃する以外に、ウリエルに攻撃するすべは見つからない。

「ユータさん……」
「……俺は、弱いんだ。 彩音がいないと、何も出来なかった。 ……昔、俺はいじめられっ子だったんだ」
「? ユータさんが、ですか?」

誰かに頼りたい一身なのか……身の上を語り始める。
自分の心をさらけ出せば、楽になれるかもしれない……その思いからだった。

「ああ。 ……改造されてしまった両親のことでな。 でも……俺の力も異常だから、手を出せば相手が死んでしまう。 ……だから、何も出来なかった」

いじめ……残酷な子供だからこそ、恐ろしい言葉を平気で吐くものである。

「そんな俺をかばってくれたのが彩音だったんだ。 ずっと、守ってくれた……。 だから、今度は俺が守る……そのつもりだったのに……!!」

何も、出来ない。
それは、最大の屈辱、苦痛。
悔やんでも悔やみきれない。

「……ユータさん……」

が、そんな優太にクリスは……

ぎゅっ

正面から抱きつく。

「!? な、お、おい!」
「ユータさん……私に、任せてください……」
「えっ?」

ぎゅっ

クリスの手に、力がこもる。

「全部、さらけ出して……私が、受け止めます……」
「クリス……」
「負けないで……自分に。 自分の大事な人を“救う”方法はあるはずです。 そしてそれは……ユータさんにしか出来ないはずです」

優しい言葉……甘い匂い……クリスの決意。

「……悪い」

ぎゅっ

優太は、それを受け入れた。





 朝。
小鳥の囀りが聞こえる中、クリスは目覚めた。

「う……ん……?」

隣を見る。
自分と同じベッドにいた筈の者の姿が、ない。

「あれ……?」

自分の部屋を眺める……いた。
その者は、すでに起きていた。
身なりを整え、腰には刀を差している。

「ぁ……ユータ、さん」
「おはよう……クリス」

さわやかな笑顔。
昨日までとは違う。

「ぁ……おはようございます……」

もぞもぞと布団の中に潜ってしまう。

「……ありがとう。 吹っ切れた」

その顔に、迷いはない。

「ユータさん……」

クリスの、文字通り献身的介護。
それは無駄にならなかったようだ。

「俺は……勇者になってみせる。 この世界も……彩音も……俺が救う!」

目に宿った力……雄々しいまでの気迫。
その姿、言葉に、クリスはうなづいた。





 「はああああっ!!」

カッ!!

洞窟の最下層……力が、放たれる。

「おおっ……これが……」
「勇者の、力……」

白い光が優太を包む。
迷いのない心に、より大きな力が宿る。

「わかる……この力……ずっと、俺と一緒にいてくれたんだな……!」

この力が、今まで一緒にいてくれたこと。
自分の為、世界のために力を貸してくれることを、優太は理解した。

「……みんな、無事でいてくれよ!」

次なる願い……衛兵の指導をするため、優太達は城に向かった……。






紅美「優太君、無事だったみたいね」

雄也「残る皆は行方不明、か」

紅美「無事だと、いいですね……」

雄也「そうだな……」


次回予告

 吹き飛ばされてしまった水羽、由依子、恭平。
偶然砂浜に打ち上げられた水羽は、近くにある町に向かう。
そこで出会う、一人の少年。

少年「お姉ちゃん……?」

戦いを拒絶してしまった水羽は、少年と共にこの町で過ごそうとする。


第16話 Tranquility


水羽「私、格好つけちゃって……本当は、普通の女の子でいたかったのに……!」