真っ暗な闇の中……一人の女性が走り続けていた。
見えないなにか……しかし、確実に追いかけてくるそれから、ただひたすら逃げる。
闇の中に確かに存在している気配。
そこから感じられる悪意、憎悪。
ただ、逃げることしか出来ない。

「はぁ、はぁ……っ!!」

闇の中……ついに光が見えた。
そこを目指して、女性は走りつづける。

「ぐわあっ!!」
「きゃああっ!!」

同じ闇の中を、走っていた者が他にいたのだろうか。
聞こえてくる断末魔の声。

「っ!! ごめん……っ!!」

助けに行く余裕などない。
これを逃せば、恐らく逃げることは出来ない。
当然、戦って勝つなど以ての外だ。

「はぁ、はぁ、はぁ……もう、少し……っ!!」

迫り来る絶望。
目前に迫った光が、逃げ延びる唯一の道。
そう信じ、女性は走る。
息は切れ、膝が笑っているが、そんなことは気にしていられない。

(生きて帰れたら、いくらでも休ませてあげる……だから今は頑張って……っ!!)

恐怖とは、己の心が生み出したもの。
到底走って逃げられるものではない。
恐怖に対抗する方法は逃げることではなく、振り払うこと。
己を強く持ち、真っ向から立ち向かい、消し飛ばす。
……だが、己が弱くなってしまったこの女性には、そんなことは不可能だった。

「この……光の、中へ……っ!!」

手が、届く……!!



SUNNY-MOON

第16話 Tranquility



 「……っ!」

気が付くと、ベッドの上。
見えるのは天井。
闇の中を走っていた女性は、ようやくそれが夢であったことを知り、安堵の表情を浮かべる。

「……また、か……」

純白のワンピースに身を包んだその女性は、またしても同じ夢を見てしまったことに不安を隠せない。
……ここに来てから4日が経っていた。

「こんな服、着ることないと思ってたんだけどな……」

女性、というよりは少女とも言うべき服装。
この女性はこういう服を今まで着ることは滅多になかった。
最初は嫌がっていたが、今ではお気に入りであるかのように着こなしている。
どんな服でも着こなす……見事なプロポーションだからこそ、なせる技だ。

「もうお昼……早く帰ってこないかな……」

この女性、料理する気はないらしい。
とりあえず、浴室へ向かう。





 ザァァァァ……

浴室……シャワーを浴びながら。
女性は物思いにふける。

「私は、もう決めたの……全部忘れて、ここで、レオンの姉として生きるって……」

レオン……4日前、浜辺で倒れていた彼女を助けてくれた少年。
身寄りがない、ということで姉のように慕ってくれていた、
彼女もそれが嬉しかったらしく、今は本当に姉のように振舞っている。

「ふぅ……もう、決めたんだから……」

熱いシャワーは、彼女の苦しみを流してくれるだろうか……。





 「お姉ちゃん……?」

着替えを終えて浴室を出ると、そこには一人の少年がいた。

「あ……またお風呂だったんだ」
「いいでしょ? 好きなんだから」

昔からの友人のように、女性は普通に話しかける。

「お風呂ねぇ……」
「……レオン? 昨日みたいにお風呂に入ってきたら、今度は手加減しないからね?」

満面の笑みの女性。
レオンは思わず後ずさりしてしまう。

「!? だ、誰もそんなこと言ってないって!」

真っ赤になって慌てるレオン。
昨日……甘えるつもりでこの女性の入浴中に浴室に突貫。
見事撃墜されている。

「まったくもぉ、ませちゃって……」
「そんなんじゃないって! ……そんな事言うと、ご飯出ないよ?」
「うっ……ひ、卑怯よ……」

この女性が料理をしようとしないことを知っていてか、レオンは言う。

「……ま、いっか。 じゃあご飯作るから、待ってて、水羽お姉ちゃん」
「うん」

そこには、戦意を失った水羽がいた。





 4日前……偶然浜辺に打ち上げられた水羽は、これまた偶然通りかかったレオンが発見。
自分の家に必死で担ぎこんだのだ。





レオン……歳は10歳、まさしく少年である。
家族を事故でなくしたら敷く、ずっと一人暮しだった。
そこに現れた水羽……レオンはミハネを実の姉であるかのように慕った。
そして、戦いで全てを失い、疲れ果てていた水羽もまた……レオンを弟のように慕い、また、ここで暮らすという決意を半ば固めていた。

(もう……帰れないんだもんね……。)

戦いに破れ……由依子、恭平という大切な人たちを失い……水羽の心はもはや立ち直れそうになかった。





 食事を終え、水羽は町に出ていた。
ここはティアの村。
涙に濡れた者、つまり多大な苦労、苦痛を受け、逃げ出したものが集まる村、とされている。
村にいるのは過去に曰くのある者ばかり。
が、そう思わせないほどの活気があった。

「可愛い家……ああいうの、いいな……」

すれ違う村人をよそに。
ぼ〜っと、ただ、町を歩く。

「……ぁ……」

ふと、目についたカップル。
仲むつまじく、楽しそうに……よく見かける光景。
しかし……それは、水羽にとってあまりにも眩しすぎる光景だった。

「私も……いい人見つけなきゃ……ここで暮らすんだもんね……いい人……」

どくん、と、胸が踊る。
いい人……何度想いを逸らそうとしても、浮かぶのは恭平の笑顔ばかり。
水羽は実際、気持ちの大半を、気づかれないようにではあるが、恭平に向けていた。
しかし……その恭平ももういない。
自分がこの世界に行く、と決めてしまったが為に……巻き込み、そして失った大切な人。

「ぅ……うぇ……ぇ……っ!!」

あふれる涙をこらえて、水羽は路地裏に走る。

「ふぇ、ぇ……えぅ……ぅ……っ……!!」

声を殺して……が、涙までを殺すことは出来ない。

「私、格好つけちゃって……本当は、普通の女の子でいたかったのに……!」

水羽の本音。
後悔の念が水羽を押しつぶしていく。

ポツ……ポツ……

空から落ちる小さな雫。

ポツポツ……ポツ……ザァァァァァァァ……

涙雨……水羽は動くことなく、自分の涙を隠すかのように、その雨の中で泣き続けた……。






紅美「今度は水羽さん……重症みたいですね……」

雄也「でも……わかる気はするな……まずないだろうけど……もし紅美を失ったら……」

紅美「も、もぉ……(真っ赤」

雄也「……まぁ、これだけ強ければ、なかなかそんなこともないだろうけど」

紅美「うぅ……」


次回予告

 滅びゆく世界、襲い来る魔物……。
その手は確実に、ティアの村にも伸びる。

少年「僕が……お姉ちゃんを守るんだ! やっと出来た家族を……守るんだ……っ!」

再び大切なものを失う……そんな危機に面し、水羽はその拳をふるう事が出来るのか。


第17話 Only one


水羽「私は日高水羽よ! もう誰にも……自分にだって負けない!!」