クランブルの町……。
ここは、未だにモンスターに襲われることもなく、人々は平穏な日々を過ごしている。
街はたくさんの人でにぎわい、まるで、ウリエルの出現などなかったかのように、以前と変わらぬ生活を送っている。
他国からの避難民もあり、人口は加速的に増加している。

「さて、と……残るは海だな……」

その町に住む、一人の青年。
名はウィズディノール=シュヴァイツァー、通称ウィズ……歳は21歳。
自分の足で食材を探し、舌で味わい、そして、それらを基に料理を作る、生粋の料理人である。
この歳にして自分の店を持っているあたり、腕は相当のもののようだ。
いつも通り、彼は朝早くに、最後の食材を探しに海へ向かう。
船を出し、魚を釣りに行くのだ。

「今日の海は酷いな……木屑とかいっぱいだ……」

ブレイバルなどから流れ着いた木屑。
他の国がどれほど悲惨な状態なのか、よくわかる。

「この調子じゃ、死体が流れ着いててもおかしくないぞ……」

一応、船が出られないかと海を見渡すが……結構遠くまで木屑があり、しばらく出られそうにない。

「……店は休みだな。 ……死体に会っても困るし、帰ろう、うん」

と、何かが目にうつった。

「そうそう、こういう白い足とか……って、ええっ!?」

木屑の下に見かけた、真っ白な足。
細さからして、どう見ても女性のものだ。

「う、うわ……どうしよう……と、とりあえず木屑を……」

女性の上の木屑を、一生懸命取り払う。
……そこに現れた、小柄な女性。

「……綺麗だ……」

この男、節操がないのだろうか。
死体を見て、このような台詞を吐ける者などまずいない。

「病院に連れていったほうがいいのかな……それとも葬儀屋に……」

対応策を探す。
……ふと、この女性の胸元に目をやった。

「……」

胸元が少しはだけているせいか、その姿が艶かしく見える。
……しかし、問題なのはそこではない。

「……!? 動いてる……!?」

胸が上下している。
間違いない……この女性は……

「生きてる……生きてるよこの人!」

それを確認すると、ウィズは大慌てでその女性を自分の家に運んだ。



SUNNY-MOON

第18話 Stolen my heart



 「ふぅ……」

女性の額に濡れタオルを乗せる。
先ほど医者にもきてもらったが、打撲の痕などは見られるが、それほど傷もなく、じきに目覚めるだろう、との事だった。
……悪いとは思ったが、着ていたものを洗濯し、とりあえず彼女が小柄だったこともあって、自分のTシャツを着せている。

「ん……ぅぁ……っ」

彼女の、声。
苦しそうに悶えるその姿は、ウィズの不安を加速していく。
確かに医者は何でもないと言ったが、それでも、あんなところで倒れていたのだ。
普通の状態ではない……そう思うのも無理はなかった。

「大丈夫……?」

ギシ……

上から覆い被さるように、彼女の顔を覗き込む。

「あぅ……はぁ、はぁ、はぁ……っ……」

うなされている。
どんな夢を見ているのかは、全く想像できない。
が……彼女がうなされている……悪夢を見ているということだけは、容易に想像できた。
だから……ウィズは少しでも落ちつかせようと、その肩を押さえた。
人の温もりが、苦痛を和らげることもある……そう、聞いたことがあるからだった。

「はぁ、はぁ……んぁ……あぅ……やああっ!!」

途端、女性の目が開いた、
パッチリとした、大きな目が、涙に潤んでいた。
はっとした表情の彼女。

「……よかった……気が、付いたんだ……」

ウィズの言葉は、彼女に届いただろうか。
……一方彼女は、状況を整理する。

(え……私……生きてる……ここは……?)

潤んでいて見えなかったもの……それが徐々に見えてくる。

(……!? お、男の、人……? それも、こんなに近くに……!? 肩を、押さえつけられて……もしか、して……)

自分に、酷いことをしようとしているのではないか……そんな考えが浮かぶ。
しかし彼女はもともと冷静である。
考えを改める。

(でも…… “よかった……気が、付いたんだ……。” って言ってたところを見ると、心配してくれてたみたいですし……)

とりあえず、声を出してみる。

「あの……降りて、いただけません?」

いわゆる”マウントポジション”をとっているウィズ……流石にこの女性も動けないらしい。

「え……!? わ、わああっ!? ごめん!!」

青年が慌てて降りたところで、ようやく女性が起きあがった。

「え〜と……あなたが、助けてくださったんですの?」

いつも通りの、柔らかい話し方。

「え……あ、うん、そうなるね……海に魚を撮りに行こうと思ったら、君が倒れてて……それで、慌てて連れて帰って、医者を呼んで……」

慌てながらも、言葉に間違いはなく、内容も客観的……わかりやすい簡潔なものになっている。
ウィズもなかなか切れ者らしい。

「そうですか……ありがとうございます。 私、椎名由依子といいます。あなたは……?」
「由依子、さん? 僕はウィズディノール=シュヴァイツァー……ウィズでいいよ。 ……ごめんね? まるで押し倒すようなことしてて」
「いえ……怖い夢を見ましたもの……押さえててくださったのでしょう?」

やはり客観的に、由依子は話す。

「うん……そうすると落ちつくって、聞いたことがあったから……」

バツが悪そうに、頭を掻く青年。
これほど純朴な青年はそういない。
さしもの由依子も彼の一挙一動に胸が踊る。

「大丈夫?」
「え、ぁ……何でもない、ですわ……えぇ、大丈夫です」

ぼ〜っとしていたのか、声かけに気づいて由依子は言葉を返した。

「改めて、ありがとうございます。 ……傷の手当てもしてくださったんですね……!?」

と、傷を見た後、はっとする。

「あの……他に家族の方とかは、いらっしゃるんですの?」
「えっ? いや、僕しかいないけど……」

それを聞いて、由依子は一気に真っ赤になった。

「……では……この、着替え、も……?」

そう、由依子はTシャツ1枚である。
冷静になれば気づき、気づけば冷静さを失う……なんとも妙なもの。

「ぁ……うん、ごめん……一応、バスタオルをかけて、見ないようにはしてたけど……」

その言葉が、由依子の恥ずかしさに拍車をかける。

(ウィズさんの言葉、嘘がない……でも、それはつまり、 “してたけど” って言ってたんですから……見た、っていうことですの?)

その通りだった。





 「あ、あの……すみません、食べ物とか……ありませんか?」

とりあえず、由依子は話を変えた。
これ以上は恥ずかしくて死にそうだった。

「え、あ、うん、あるけど……用意するかい?」

ウィズも話に乗る。
食事の話をした途端、爽やかな笑顔に戻る。
再び、由依子の胸が、どくん、と強く脈打った。

「あ……はい、お願いしますわ」
「じゃあ、待ってて」

そう言って、ウィズは部屋を出る。

「……はぁ……ウィズさん、ですか……」

激しくなる鼓動。
熱くなる頬。
自分がどんな状況なのか、由依子は冷静に判断していく。

「こんなことは、初めて、ですけど……」

確かに“それ”には憧れている面もあった。
しかし……まさか自分が、こんなところで経験するとは思わなかった。
しかも、一目見た瞬間から。

「……恋、なんでしょうね……」

口に出すだけで、頬が熱くなる。
嫌いなわけではなかったが、今のところは無縁だと思っていたもの。
そして、自分の兄と親友の仲を応援するだけで精一杯、見ているだけで十分と思っていたもの。

「私も……水羽ちゃんの事、言えなくなってしまいましたわね……」

由依子は、その気持ちを驚くほど素直に受け入れた。





  「すごい、ですわね……」

由依子も、正直驚いていた。
確かに”料理を用意する”とは言っていたが……まさか、これほどとは思わなかったのだ。

「口に合うといいけど……」

由依子自身はそう思っていないが、外見、スタイル、性格……そのどれを取っても、由依子は“モテる”部類に入る。
しかし……誰にでも欠点はあるもので。
由依子は料理が致命的に下手だった。

「それでは……いただきます」

まず1皿目、ロールキャベツ……ナイフとフォークで上手に切り、口へ運ぶ。

「ん……おいしい……」

自分の兄、恭平の料理を超える味に、久しぶりに出会った。
本気で、これ以上の言葉がない。
普段は味の説明をするのが面倒なときや、ぱっと感想を言うときなど、結構適当に使われる“おいしい”だが、このときは違う。
心のこもった、極上の誉め言葉だった。

「そう言ってもらえて嬉しいよ。 どんどん食べて」
「では、遠慮なく……」

由依子はゆっくりと、優雅に食事をとっていく。

「♪」

その姿を見ているウィズは、頬をほころばせていた。

(どこかのお嬢様なのかな……話し方も上品だし……凄く綺麗だし……でも、それよりも……やっと笑ってくれたのが嬉しいな……。)

とてもじゃないけど、口に出来ないような恥ずかしい言葉。
しかし……

「あ、の……ウィズ、さん……?」
「!?」

話しかけられ、はっとして……改めて由依子を見ると、湯気が出そうなぐらい真っ赤で。

「どう、したの……?」
「変なこと、言わないで、ください……恥ずかしい、ですわ……」

正直過ぎるのも考え物か。
考え事は口に出るタイプのようだ。

「もしかして……しゃべってた……?」

由依子は、なにも言わずにただ一度、うなづく。
途端にウィズも真っ赤になった。

「あ、あああ、ごめんっ!!」

両手を合わせて頭を下げる。
その姿が可愛くて。

「……ふふっ……」

思わず笑ってしまう。
ウィズはその笑顔に再び見とれて……。
ふと目が合って、お互い赤くなって目を伏せて……。
やがて、青臭い自分たちに気づいて、2人で笑って……。

「あはは……ウィズさん」
「あはは……ん?」

こっちを見たウィズに、由依子は正直に言った。

「私……貴方の事、好きになったのかもしれません……」






紅美「なんか……凄く可愛らしいですけど……」

雄也「……なんとなく、身に覚えがあるかも」

紅美「私もです……ただ、お互いすれ違ってばかりでしたけどね」

雄也「でも最後には、お互いの道が1つになったんだ。 それでいいと思うよ」

紅美「ですね♪ ……見てるこっちも赤面してしまいますね……」

SoU「書いてるこっちは恥ずかしくて死にそうだ」


次回予告

 昔、どこかで聴いたことがある。
恋は互いを弱くする……そして、愛は互いを強くする。
互いの心が引かれ合う中、伝わってくる噂。

由依子「水羽ちゃんが……生きてる……?」

いつまでも少女ではいられない……由依子は大人への一歩を踏み出すことが出来るのか。


第19話 Still in my heart


由依子「愛していますわ……いつまでも……だから……」