日高水羽…彼女とは、ずっと一緒に遊んできた。
妹の由依子を通じて知り合った彼女は、彼の心に残り続けた。
…確かに水羽は、昔から綺麗だった。
が、それだけではない何かが、彼の心を離さなかったのだ。

しかし、彼は昔から、そういう心を人に知られるのが恥ずかしかった。
そして…それは、水羽も同様。
彼女は天邪鬼な性格で、そういうことに関してはひねくれた行動を取ってしまうのだ。
結果、本人たち以外には丸わかりな状況ができてしまう。

…それから、長い時が過ぎて、今。
恭平は非常に後悔していた。

「なんで…言わなかったんだ…言えなくなるかも、しれなかったのに…」

伝えなければいけなかったもの…そんなものは決まっていた。
そして、何より…

「なんで…気づかないフリ、してたんだろう…」

いくら恭平が恋愛ごとに疎かろうとも、水羽の気持ちは感じ取れていた。
いかに天邪鬼な行動を取ろうとも、その全身からあふれる想いは、せき止められるわけもなく。
結果…恭平も、知らず知らずのうちに、水羽の想いに気が付いていた。

「そう思ったのは、失った後…こんなお約束は、嫌なんだけどな…」

あの戦いから2週間…恭平はルーインという街にいた。
結局ブレイバルを中心に、それぞれ別の方向に散り散りになってしまっていたのだ。

「でも…今は、できることをするしかないかな。それに、何よりも…僕が信じなくてどうするんだ」

信じる…そう、仲間の無事を。
その思いを胸に、恭平は、一歩一歩前へ進む。

「…これで、街は大体見終えたし…わからないところも無いね。明日から…はじめるかな」

そう言うと、恭平は来た道を戻っていく。

「間に合うよなぁ…間に合わなかったら後が怖いし」

恭平は結局、途中から走って、世話になっている下宿へと戻っていった。





 「こらっ! 遅いぞ恭平っ!」

その下宿の玄関で腰に手を当てて怒っている女性。
どうやらこの下宿の管理人…という歳でもなさそうなので娘のようだ。
年齢的には20代前半といったところ。
赤く長い髪をポニーテールにしており、また背も…恐らく160の中頃と結構高い。
耳がとがっているところを見ると、エルフのようだ。
どこと無く水羽に似ているような気もするが…?

「あ、フィアさんすみません! …って、僕、遅れてます?」

それを聞いて、フィアと呼ばれた女性がふと、腕に目線を落とす。
…時間2分前。

「あは、は…ごめんあそばせ♪」

そう言って下宿の中に入っていく。
本人は結構前から待っていたようだ。

「……ほっ…」

胸を撫で下ろし、恭平もまた下宿に入っていった。



SUNNY-MOON

第20話 Nightmare



 恭平が助かってから、もう2週間になる。
探しつづけてようやく見つけた町、ルーイン。
”破滅”の名を持つこの町…しかし、その名前とは裏腹に、活気に満ちた町である。
その活気ある町に命からがら辿り着いた恭平は、先ほどの女性、フィアに助けられることになる。
恭平は定時にフィアの手伝いをする変わりに、無償で下宿させてもらっている。

「っと…これでいいですか?」

出来上がったものを渡す。
今やっているのは衣類の繕いだ。
ここには学生が多く、部活動等で痛んだ衣類を繕うのを、フィアはサービスの一環として行っていた。
が、ウリエルの登場という事態に、念のためにと下宿内にシェルターを造る等の防護策をとっていたため、衣類が溜まっていたのだ。
そして、恭平の“裁縫なら出来ますよ”の言葉をきき、手伝いを依頼したのだ。

「あら…上手ね。 ねぇ、恭平、あなた、本当に男の人なの? 家事全般はバッチリだし。 …っていっても、運動系がダメなわけじゃなさそうだけど。」
「趣味に近いですけどね。 でも、フィアさんも流石というか…この仕事、長いんですか?」

フィアの仕事には無駄がなかった。
恭平が純粋に手の動きの早さで素早く縫うのに対して、フィアは余分な動きを出来る限りカットすることで縫う時間を短縮していた。
更に、無駄を減らした動きについてはこの管理業務自体についてもそうだった。

「見る目もあるみたいね。 …うん、いろんな方面の素質、ありそうよ」
「いろんな?」
「ええ。 家事全般だけに問わず、その運動能力なら、戦闘に関してもそこそこいけるんじゃないかしら?」

その言葉に、恭平は答える。

「そんなことは、ないですよ。 実際、ウリエルには太刀打ちできませんでしたし。」
「あれは別格よ。 戦いを始めたばかりの新人が、才能だけで勝てる相手じゃないわ。 堕ちたとはいえ、仮にも四大熾天使の一人よ。」

フィアの言葉ももっともだ。
才能だけで勝てる相手なら、今ごろ滅びているはずである。

「だから、恭平。 もし闘うつもりでいるのなら、強くなりなさい。 武器何使ってるの?」
「鋼糸です」
「鋼糸!? …やっぱり才能あるわ、あなた。 で…能力は?」
“[戦]戦略予測(タクティカルリーディング)”“[回]回復光(ヒーリングライト)”“[土]土石槍(グレイヴ)”“[潜]潜在能力(レィティント)”です」

聞けば聞くほど、フィアの頭の中で確信めいたものが生まれていく。
間違いない、この子は……

「……恭平、あなたやっぱり才能あるわ。 最強の主力にして最強のサポート役、のね」
「えっ?」
「パーティー全体の運営を確実にこなせる[戦]系の能力。 直接の最大のサポート能力[回]系。 攻撃、防御にも使える[土]系。 そして、ほぼ100%全滅を回避できる[潜]。 攻撃の際には回避されにくく、攻撃防御を同時に行え、射程も長く、能力も通用しない鋼糸。 …完璧じゃない。 恐れ入るわ」

フィアの言葉に、偽りはなかった。
基本的に攻撃的な仲間と守備的な仲間、そして、そのどちらにも立てる仲間がいてパーティーは成立する。
恭平は、その中のどちらにも立てる仲間に属する。
それは最も少ないタイプであり、また、恭平のように完璧にそのタイプ、それも、どちらに立っても主力に劣らないほどの能力を持つのは更に稀だ。

「ただし……それは、恭平が戦士、能力者、戦術家として成熟できた場合の話。 逆にそれが出来ないなら……はっきり言って、一番の足手まといよ」
「!!」

フィアの言葉が、ぐさりと心に刺さる。
…そんなことは、言われなくてもわかっていたことだ。
元々足りない部分に手を貸せれば、と思っていた。
水羽は攻撃型で、由依子は補助型。
残るのは、両方出来る者。
だから、恭平はこのタイプを選んだ。
鋼糸を選んだのは、多数の仲間をサポートできるから。
ただし…恭平は、自分を防御するのも精一杯だった。
この場合、恭平の能力はまったく役に立たず、味方に厄介をかけることになる。
優太、彩音、ルミナスの3人がまったく補助を必要としないほどの成熟した超攻撃タイプだったため、今までは弊害もなかった。
しかし、これから進んでいくのであれば、恭平は戦える人間にならなければならない。
出なければ、成熟したほかの仲間の手を煩わせるだけの、足手まといになる。

「由依子…水羽ちゃん…っ!」

ギリッ…

爪が食いこみ、手から血がにじむ。
守れなかった仲間。
自分の未熟のせいで、救えなかった…それの、どれほど辛いことか。
たとえ実際には、そもそもが無理なことであったとしても。
自分がこのタイプであったのなら、せめて一撃でも防いで、仲間を助けることは出来なかったのか。

「こんなに無力だなんて……自分が情けない…っ!!」

恭平は、泣いていた。
周りからは、優しいだけの飄々とした人間に見えていたかもしれない。
しかし、恭平とて男だ。
大事なものを守りたい、大事な人を守りたい。
それが出来なかったときの屈辱、無力感は計り知れない。

「……恭平…今は、泣きなさい」

その言葉と同時に、ふわっとした花の香りが、恭平を包んだ。

「今だけよ…今日だけ、私を貸してあげる。 普段はこんなことしないんだからね?」

そう言って、優しく恭平を抱きしめる。

「フィア…さん……っ!!」

その胸を借りて、恭平は泣いた。
心を蝕んでいた苦痛、その全てを、涙とともに吐き出した…。





 翌日…

ギィン!

「っく…!」
「反応が遅い! 鋼糸の先に目をつけるぐらいの感じに、常に神経を研ぎ済ませなさい!」

下宿の裏で、フィアと恭平が戦っている。
フィアの手には一本の西洋剣。
恭平はもちろん鋼糸だ。

「相手の武器は剣だけじゃないかもしれないのよ! これを凌ぎつつ次の、更に次の一手を考えるの!」

ギィン! ギィン!

「はあっ!!」

グイッ

振り下ろされた剣に鋼糸を巻きつけ、横に引く。
開いたその間に滑り込むように、下から鋼糸を振り上げる。
鋼糸は巻きつけるほかにも、斬撃もできるし防御も出来る。
突く事だって可能だ。
だからこそ、鞭のように振り上げることで、相手を斬ることも出来る。

“[真]真空壁(ヴァキューム)”…」

ブァッ!

一瞬の突風が、鋼糸を襲う。 
鞭のような動きをした鋼糸に風に耐える力はなく、あっさりと横に流されていく。

「これで…っ!?」

しかし、驚いたのはやはりフィアの方だった。
横に流れた鋼糸…その軌道上にあったのは、一直線にフィアを突きにくる鋼糸。
同じ軌道上に見えるように、2本の鋼糸で別々の攻撃をしていたのだ。

「くっ!!」

思わずフィアは、空間から剣を呼び出す。
彩音が使っていた暗器取り出しと同様の能力。
“[次]次元移動(ディストーションワープ)”である。

ギィン!

取り出した剣を握らず、壁にして鋼糸を防ぐ。
そして、持っていた剣を投げつける。

「ふっ!」

恭平は瞬時に剣の前に蜘蛛の巣状の網を作る。
飛んできた剣は勢いを殺され、鋼糸に絡め取られる。
そして、そのまま鋼糸で剣を握ると…

ギィン!!

剣を握って襲い掛かってきたフィアの攻撃を防ぐ。

「やれるじゃない、案外」
「フィアさん、強い…っ! 何やってた人なんですか!?」

その言葉に、しれっと答える。

「これでも300歳代のハイエルフよ。 しっかり鍛えれば、ハイエルフだって力はあるし、闘えることを証明したくてね。 一心不乱に強くなろうとしたら、いつの間にか一昔前の世界大戦を沈めた12人の1人になってたわ。」

世界大戦を静めた12人…十二ノ救世主(クロノ・メシアン)のことである。
4つの国家の争いから始まったこの戦いは、瞬く間に世界を巻き込み、最悪の大戦になる…はずだった。
しかし、その4つの国家の1つで世界統一の野望を抱いていたピロウズの国をわずか12人で叩き潰したのだ。
そして、それにより戦争は回避されたのである。
フィアは、その無謀な12人の1人だった。

「そしたら…そのフィアさんに稽古をつけてもらえば、僕だって…強くなれるはずだ! 強くなりたい意志は誰にも負けない! フィアさんにだって…っ!!」
「そうよ、少なくとも、気持ちは相手に負けちゃダメよ! 常にあきらめず、最善の策をとる。 それが恭平に求められることなの。 闘うことは勝つことじゃない、生きることなの!」
「はい!」

恭平は鋼糸を振う。
全員で、生きて帰るために。





 「はぁ、はぁ…」
「今日はこれまでね。 …もったじゃない、3時間」

鋼糸を使いつづける…それが、今日フィアが出した課題だった。
3時間使い切ることが出来れば、1回の戦闘の間で、鋼糸が使えなくなることは、恐らくない。
他の能力によるサポートもあるのだ。
鋼糸ばかりを使うわけではない。
しかし、鋼糸がいざというときに使えなければ困るため、結果、鋼糸には常に神経を張り巡らせる必要がある。
その為の訓練だった。

「お疲れ様。 …さ、今日は恭平のためにも、おいしいもの作らなきゃね〜♪」

鼻歌交じりで下宿に戻っていく。
しかし恭平は、そこから動けずにいた。

「3時間動きっぱなしで、汗もかかないのかぁ…はぁ、はぁ…流石、一心不乱に鍛えつづけただけ、あるなぁ…はぁ、はぁ………」

庭の真中で、恭平はそのまま眠ってしまっていた…。






紅美「フィアさんって、凄い人なんですね」

雄也「なにやら異名を持っているらしいよ」

紅美「異名を持つのもわかりますよね。 12人で国家1つを…」

雄也「……そういう紅美は、1人で空から襲いくる1国家の全軍を魔法一撃で落としてたよね。」

紅美「う、そ、それは言わないでくださいよ…(汗」

由依子「フィアさん以上…ですわね(汗」


次回予告

 戦いを終わらせる。
その為に、闘う。
恭平はひたすら、特訓を続ける。

恭平「はああっ!!」

悪夢を超えるために。
恭平は試練に挑む。


第21話 Can you predict a future? can't you see that?


フィア「最初の難関よ。 頑張りなさい」