朝……一日の始まり。
目覚まし時計が鳴り響く。
時計の針は7時30分を指しており、準備をして登校するにはいい時間だ。
「くか〜……」
が、優しい朝の光とけたたましい目覚ましの音を以ってしても目を覚まさない男がいた。
いい天気だから寝ていたい、というのは解らないでもない。
しかしこの男は、これから学校に行かなければならない。
というのに、そんなことはお構いなしでぐっすりと眠っている。
そのまま五分……玄関のチャイムが鳴る。
「優太( さ〜ん、朝ですよ〜〜」
声をかけているのは1人の少女。
見た目、中学一、二年生程度だろうか。
細く艶やかな髪は腰辺りまで伸びており、基本的にはストレート。
顔立ちも非常に整っており、校内一の美少女と言われるまでの少女である。
「すぅ……ぐ〜〜……」
が、その美少女の声でも彼が起きる気配はない。
玄関前で待っていた少女だったが、返事が無い事に深く溜息をつく。
「はぁ……しかたないですね」
そう言って、少女は持っていた合鍵でドアを開けた。
「おじゃましま〜す」
そのまま、彼の部屋へ直行。
勝手知ったるなんとやら、である。
「やっぱり、寝てる……」
一目でわかるほどに爆睡中。
が、少女はその姿を見て優しく微笑む。
「可愛いですね、やっぱり……♪」
その姿に見入りつつも、ごそごそと何かを取り出す。
「でも、それはそれ、これはこれ、です。時間の都合もありますし……ちゃちゃっと起きてもらいましょう♪」
取り出したのは、大きなシンバル。
両腕を勢いよく開き、そして……
「せーのっ! 起きてくださ〜〜〜〜い!!」
耳を劈( くような音が、住宅街に鳴り響いた。
SUNNY-MOON
第00話 幸せ
(
「ちっ……まだ頭ががんがんする」
「自業自得ですよ♪」
それから30分後、2人は並んで登校していた。
少年の名は周防( 優太、現在16歳、一人暮らしだ。
両親が爆発事故で死んでから3年……今では家事全般もそれとなくこなせる。
剣術道場に通っており、次期免許皆伝者と囁かれるほどの腕前だ。
そして、先ほどの破天荒美少女。
名は、美月( 彩音( 。
幼く見えるがこれでも年齢は優太の1つ下の15歳。
現在は優太の彼女でもある。
「優しい起こし方は何かないのか?」
毎日あの音に起こされたのではたまらない。
妥協案はないのかと声をかけるのだが……
「無理ですよぉ。揺すっても、叩いても起きませんし……その……キ、キス、しても、起きませんでしたし……」
真っ赤になる彩音。
それを見てか、優太も一気に顔が赤くなる。
「キ、キスって、俺はどこぞのお姫様じゃないんだから、起きるわけないだろ?」
「はぃ……でも、私にとっては、王子様、ですから……」
計画的なのか天然なのか。
彩音の言葉1つ1つに、優太は激しく揺さぶられる。
「……ったく、とりあえず、もう少し穏やかなのに出来るように頑張ってくれ」
「起きるのを頑張るのは優太さんですよね?」
「ぅ……」
「ふふっ」
乱雑な言葉遣いから亭主関白かと思われたこのカップルは、彩音の天下だった。
「何とか、間に合いましたね」
「だな。じゃ、また後で」
「はいっ♪」
年齢が違えば、当然学年も違う。
お互い別の階にある教室に向かうため、玄関で別れる。
「さ、行くか……」
こうして、優太は教室に向かう。
「おはよ〜」
ドアを開け、教室に入る。
「あぁ、おはよう周防。遅かったな、今日も( 」
そうやって声をかけてきたのはクラスメートの有坂( 。
「うるせー」
無愛想に一蹴し、自分の席へ。
「遅刻回避ご苦労様です、周防君♪」
席に座ると、隣の席の娘が声をかけてくる。
クラス委員長の赤月( だ。
「委員長まで言うか。ったく、アレは俺のせいじゃねぇぞ、多分」
大半は優太のせいなのだが、それを棚に上げて言う。
「じゃあ誰のせいなのかな? 彼女でもいるの〜?」
一応、優太も彩音も学校内ではお互いの付き合いを隠している。
片方がアイドルなだけに、噂は広まりやすい……かと思いきや、彩音は情報制御が上手なようでそういった噂は聞かない。
とはいえ、本人は否定するが、彩音はかなりの天然。
バレるのは時間の問題だとは思われる。
「な?!」
「怪しい怪しい」
その声とともに、一気に盛り上がる女子生徒たち。
「えっ? 周防君彼女いるの!?」
「誰だろ〜」
「どんな娘なのかな〜♪」
「お、おぃ……」
盛り上がる女生徒……それを止めるすべは優太にはない。
「ほらほら、吐いたほうが楽になるぞ?」
赤坂も一緒になって問い詰める。
しかし、そんなことをするまでもなく、回答はやってきた( 。
軽いノックの後、開く教室の戸。
『??』
「あ、え、えっと……」
教室をきょろきょろと見渡す少女。
間違いない、彩音だ。
「え? 美月さん?」
当然のごとく、彩音は校内では有名人だ。
生徒たちは口々にその名を呟く。
「げ……」
嫌な予感がする。
優太はこっそり有坂や赤月の背に隠れようとして――
「あ、優太さん♪」
――あっさりと見つかった。
『ぇ?』
視線が優太に集まる。
「優太、さん?」
「名前で呼ばれてる……それも親しげに……」
こうなってはもう、丸わかりに近い。
が、彩音は容赦なく駄目押しをする。
「ぅ……」
「優太さん、忘れ物ですよ〜」
ひょこひょこと教室に入ると、優太の机に可愛らしいお弁当箱を得意げに置く。
「せっかく作ったんですから、忘れないでくださいよぉ」
「……彩音」
『おぉ〜〜〜……呼び捨てだよ、こっちも』
今度は優太の言葉に、周囲がどよめく。
彼女を名前で、しかも呼び捨てで呼ぶ者など、親しい友人以外にいなかったからだ。
まして男が呼ぶなど、聞いたこともない。
「はい?」
「っ……この天然娘! バレバレじゃねーか!」
優太の叫び声……無理もない。
「え、え? 何が……あ!」
ここでようやく彩音も気づいたようだ。
一気に顔が赤くなる。
「ったく……これで俺は学校中の敵だぞ」
うりうりと、彩音の額を指で押す。
「あぅあぅ……すみませぇん……でも……」
「?」
「これで、隠さなくていいじゃないですかっ♪」
ぴょん、と飛びついて腕にしがみつく。
『おぉ〜〜〜!』
「そりゃそうだが……お前のファンは数が多すぎる……あまり敵に回したくなかったんだがな……」
非公式ファンクラブまである彩音と付き合っているとあれば、当然そのメンバーを敵に回すことになる。
「周防、お前は今日から敵だ」
ほら、ここにも。
あっさり有坂が敵になった。
「先輩……優太さんをいじめないでくださいね?」
「あ、は〜い♪」
――しかし、彩音には非常に弱かった。
「はぁ……平穏な生活なんてないのか……」
こうして、優太はその日中質問攻めに遭うのだった。
「本当に天然だな、お前は」
「うぅ、天然なんかじゃないですよぉ」
放課後、並んで帰る2人。
優太の言葉を即座に否定する彩音。
が……
「あはは、美月さん、それは無理があるわよ」
後ろから来た赤月が突っ込みを入れる。
「え、え?」
「そうそう。どこから見ても天然娘。そこがいいんだけど」
同様に追いかけてきて追い討ちをかけるのは有坂。
「うぅ」
「満場一致で天然認定。よかったな」
「よくないですよ〜」
情けない声を上げる彩音を見て、3人が笑った。
「彩音、今日は俺、ゲームショップ行くわ」
「え? ゲーム買うんですか?」
優太の行動に、彩音は少し驚いた。
今まで、あまり買いに行くようなことはしなかったからだ。
友達から借りて済ますのがほとんどだったのだが……?
「いや、今回のゲームに気になるのがあって、な」
歯切れが悪い。
どんなゲームなのだろうか……多少なりともゲームをする彩音の興味を引いた。
「私も行っていいですか?」
「彩音もか? あぁ、問題ないぞ」
2人は家に一度戻り、着替えてから出かけることにした。
「いらっしゃいませ〜」
赤く長い髪、背が高い女性の店員が出迎えてくれる。
「優太さん……店員さん目当てじゃ、ないですよね?」
「ん? ……それは考えてなかったな」
高い背、そして何よりも、モデル並のスタイル。
学校のアイドルと言われた彩音にない部分が突出した店員がそこにいた。
彩音も惚れ惚れするほど顔立ちも整っており、ジーンズ姿がやけに格好いい。
彩音が美少女なら、彼女は美人だ。
「む〜〜……」
優太の態度が気に入らなかったのか、そのまま太ももをつねる。
「痛ててて、なにすんだよ」
「……はぁ」
自分の胸を抑え、溜息。
男にはわからない悩みだった。
その後優太がゲームを買い、2人は家路についた。
そして……
(えっと、確か……)
「何をお探しですか?」
彩音は再び、先ほどのゲームショップに来ていた。
なんとなく、優太が買ったゲームをプレイしたくなったのだ。
「えと、その……」
彩音はパッケージこそ見たものの、タイトルを覚えていなかった。
うろ覚えで店内に目をやる。
……と、天井に、大きく張ってあるポスターが目に入った。
間違いない、このゲームだ。
「あ、あの、このゲームありますか?」
スキップしながら家路を急ぐ。
「買っちゃった……♪」
ゲームを買わない優太が珍しく手を伸ばしたもの。
これをプレイすれば、またさらに優太を理解することが出来るかもしれない。
「どんなゲームなんだろう……」
家に入ると、そのまま靴を脱いで2階の部屋まで駆け上がる。
「ふぅ……えっと……」
着替えを終え、ゲームを確認しようとしたとき、電話が鳴った。
「はい、美月ですけどどちらさまでしょうか?」
「彩音か?」
聞けばすぐにわかる声。
相手は優太だ。
「優太さんですか? どうしました?」
「いや、えっとな……」
…………
………
……
…
「じゃ、また明日な」
「はい、また明日です♪」
いつも通りの会話。
日課というわけではないが、こうして優太から、時には彩音から電話をかけて話をする。
恋人同士になってからついた習慣だ。
「嬉しかったなぁ……あの時♪」
彩音と優太は、そもそも家族ぐるみでの付き合いがあった。
家が近いということもあり、2人はすぐに仲良くなった。
「はぁ……」
彩音は昔から、優太のことをとても頼りにしていた。
何度も自分を守ってくれた。
ぶっきらぼうでも、優しい声をかけてくれた。
だから、そんな優太がいじめに遭っているのが、許せなかった。
幼い頃から、そんな優太をかばっていた。
優太はただ、おとなしく、黙っているだけだった。
どうしてだろうと思ったが、その答えは意外なものだった。
優太の両親は昔、人体実験に遭った、宇宙人にさらわれた、などという報道をされたことがある。
そのせいか気味悪がられ、周りからの迫害も多く、一家は苦しい生活を強いられていた。
その人体実験や誘拐のせいでもあるのだろうか、昔から優太の家族は身体能力が常人のそれを遥かに凌駕していた。
優太自身も足の速さ、跳躍力、腹筋、背筋、握力……大人をも軽々と負かすその能力に、子供たちは気味悪がった。
そして、両親から“あの家にかかわってはいけない”と言われたせいもあり、優太は迫害され続けたのだ。
そんな優太をかばって……時にはいじめに遭うこともあった。
でも、それでも……彩音は、優太と一緒にいることが嬉しかった。
そして、気づいた。
「私は……優太さんが、好き……」
だが、言えない。
自分が迫害されることは、どうでもいい。
でも、優太に嫌われるのは嫌だ。
告白して断られたら……どうやって側にいればいいのだろう。
そんな考えが、彩音の告白を思いとどまらせた。
中学に入ると、彩音は逆に告白を受ける側になった。
中学時代から、既に美少女として有名になっていたのだ。
だが、彩音はそれを断り続けた。
友人には、“一度付き合ってみればいいのに”と言う人もいた。
しかしそれが彩音には、“優太への気持ちに対する裏切り”にしか思えなかったのだ。
進学して半年……優太の両親が原因不明の爆発事故で亡くなった。
優太は無事ではあったものの、落胆した様子だった。
彩音はその日から、毎日のように家に通い、家事をするようになった。
優太はそんな彩音を拒絶したりせず、受け入れてくれた。
そして、卒業。
優太は決して学力が高いわけではない。
近所の平凡な高校に通っていた。
そんな優太にあわせるように、同じ高校へ進学。
そして、入学式の日……
「彩音……話があるんだけど、いいか?」
「え、あ、は、はい……」
呼ばれるままに屋上へ。
そして……
「彩音、その……俺、彩音の事が好きだ。これからは、俺も彩音を守るから……だから、側にいて欲しい」
彩音はこのとき、言葉に“攻撃力”というものがあると知った。
この言葉は彩音の全身を貫き、一瞬で骨抜きにした。
しばらく声が出なかった彩音だったが、ようやく状況を理解し、深呼吸。
そして、返事。
「……ぁ……は、はいっ! 嬉しい、です……」
嬉しくて涙が出たのも、これが初めてだった。
それから半年、今に至る。
「あ、そうだ、ゲーム……」
紫色の袋の中から、ゲームを取り出す。
「えっと……あ、これ……ふふ、そっかぁ……」
ゲームを見て、納得する。
優太がこのゲームを買った理由……それを知って、思わず彩音も微笑む。
「あはは、優太さんも、可愛いなぁ……でも、そういうところが好きですよ♪」
そして、ゲームを起動――
「えっと……え? なんだろ、これ……きゃっ?!」
――そして、それが物語の始まり――
SoU「どうも、SoUです。早速ですが修整版です」
優太「俺と彩音の日常、か」
SoU「少しでも彩音を魅力的に見せたくてな。何の紹介も説明もなく、あっという間に混乱の渦へ、じゃあ可愛そうだからな」
優太「なるほど。これで彩音のファンが増えるといいな?」
SoU「いいのか? ライバルが増えるぞ」
優太「……それは困るな」
次回予告 このゲームを買ったその日、彩音は姿を消した。
それから俺はただひたすら、剣に打ち込んで――
――気がつけば、その全てを修めていた。
師範「……強くなったな、優太くん」
優太「……なにかに打ち込んでいないと、壊れそうだっただけですよ」
打ち込んでいたものも終わりを告げ、気力がなくなった俺にもたらされた一つの道しるべ。
これが、運命を変えるものだとは、そのときには知る由もなく――。
第01話 Now Loading...
優太「俺も……強くなって、彩音を助けに行けたら……っ!!」